アナ雪

「アナと雪の女王」と「アキラ」は同じ映画だと思いました。

コントロールの話というわけです。

人は普通、努力しながら力を身につけていきます。力を付ける目的があり、力に慣れながら身につけるので、恐ろしいと感じる事はあまりないと思います。

あるとしたら、格闘家があやまって一般の人を傷付けてしまう時とかでしょうか。

「アナと雪の女王」と「アキラ」はともに急な力を身に付けた人の話。力と向き合うストーリーです。
着地は真逆な二つですが。

二つの映画のメッセージを受け止めると、

「俺たちって、力の事をちゃんと考えた事ありますかぁ?」

と聞こえてきます。

特殊な能力を持つテツオが恐るのは、特殊な能力を持たない金田です。
同様にエリサが遠ざけるのはアナです。

持つものと持たざるものの矛盾した関係。

金田もアナも自分の力を認識していません。
スゴく自然体。そこが恐ろしい。絶対的な存在感です。

力が強く、認識している方が哀れに見えます。

力を認識していない僕らは、無邪気に力を知る人を攻撃しているかもしれません。それも僕らが憧れるような力に対してです。

この事をよく感じるのが、ランチタイムのカレーです。

オフィスで誰かがカレー弁当を食べると、みんなもカレーが食べたくなり、自分のペースを失って、いそいそとカレー弁当を買いに行くのです。

カレー弁当を買ったヒトはテツオでありエリサ。カレー弁当のフタを開けた瞬間、カレーから人を惑わす能力が放たれ、周囲から

「うわっ!いい匂い〜!いいなぁ〜!」

と憎しみ半分、憧れ半分の目で見られます。

「一人美味しく食べようと思っていたのに、みんながこんなに気を取られるとは?!落ち着いて食べられない!!」

という気持ちになり、早めに食べることで威力をコントロールしようとします。あゝ無情。

一方、持たざる人々はカレーの威力に対し、

「今日は弁当持参なんだよ…」
「今日は外食の約束があるんだよ…」

などと、責めたてます。

本当は弁当を作ってくれる人がいる方がいいのに!
外食する相手がいる方がいいのに!

能力を上手く使えば、幸せを手に入れられたかもしれないのに、持たざるものが多数派ですから、外部からの影響により破滅して行くのです。

そうした身近な出来事にも、力のコントロールとそれに向き合っている人への対応を考えなければいけないのです。

アナと雪の女王は、カレー弁当を買う時は気を付けろ!という映画だったのです!