コミュニケーション

SNSが本人そのものを投影しているという風に、閲覧者が見てしまう、という問題について浅く考えてみたいと思います。

SNSでつぶやかれている事が、その人の全てであるように思い込むという現象です。そういう現象があるのか?と言われると、まぁ、いまはそんなにないんですけど、これから起こりそうじゃないですか。

ネットだけで知り合って、無邪気に会いに行くとかって意味ではもう始まってますし。

何かを発信すると、それを受信する人がいます。
これがコミュニケーションです。

コミュニケーションを通じて、人は人を知りますから、逆説的には受信できなければその人を知る事は出来ないという事になります。

SNSで発信されている事を受信し、「あぁ、この人はこんな人なんだ」と知った気になるというは、ごく自然な事であり、SNS上の人を理解するにはこの手段しかありません。

リアルとの違いは、発信方法が言葉だけではないという事です。
僕らは五感を通じて受信するので、その人のファッションや行動や臭いなどを知り、脳内に蓄積された過去に会った人たちのデータベースから相手を理解しようとするのです。

つまり、SNSは受信が視覚と聴覚だけなので情報が足りないのです。そしてそこが危険。

さらに脳みそは理解できないというストレスに耐えられず、「きっとこういう事だろうな」と解釈したがる性質があるそうなので、騙されたと思っても、きっと騙されてないと最後まで思い込みたいのです。

このままでは、危ないです。
情報の量を今以上に増やさなければいけません。

ウェアラブル端末で行動を発信し、どーにかして臭いも発信し、過去の履歴やクセや思想・思考などもぜーんぶぜーんぶ発信するのはどうでしょうか。

個人情報を全員が全部オープンにすれば、犯罪はなくなります。
相性のいい人もすぐ見つかるかも。