ゾンビの個性

知人から借りた荒木飛呂彦によるホラー映画本を読んで、ホラー映画がみたくなったので、いくつかみました。

というわけで、また、ゾンビネタです。しかし、今回は切り口が違います。

先に、刺激を受けたモノを紹介します。

荒木飛呂彦の奇妙な映画論

「ゾンビは無個性だからいい!」的なとこ。

NHKスペシャル ヒューマン

「貨幣が将来計画を可能にし、集団から個人を生んだ」的なとこと

「人は分かち合える唯一の民族」

的なとこ。

ジャレド ダイアモンド

銃、病原菌、鉄

「蓄えられるヤツが人に賃金を払って、自分の代わりに働かせさらに稼いだ。領土の稼ぎの限界を知ると兵を雇って戦争を起こした」的なとこ。

ナイトオブザリビングデッド

黒人主人公のセリフ

「あんたは下。上では俺がボスだ。」的なとこ

グッドフェローズ

「まともな仕事はクソだ。つまらねえ仕事でケチな金をもらい、毎日地下鉄で通う奴は死んだも同然だ。」

さて、貨幣が人を人らしくしたそうです。

それ以前の人間は、小さなコミュニティを作り、互いに分かち合いながら生きていたのだとか。

貨幣の登場で人は豊かさを覚え、より豊かになる為に個性を伸ばしたというわけです。

その結果、まともな稼業はクソ呼ばわりするギャングが生まれ、庶民には出来ない稼ぎ方で社会は二極化。

他人の領土も侵略して、環境破壊も進み、大変な世界になったという事かもしれません。

ゾンビの社会では、無個性です。老いも若きも男も女もありません。獲物を捉えても、独り占めせず、みんなで食べます。早い者勝ち的なところはありますが、富を築こうという素振りはありません。

ゾンビ映画の金字塔、「ナイトオブザリビングデッド」は1968年に公開されました。主人公の一人に黒人男性がいるのですが、この年はキング牧師が暗殺された年です。

その彼が、協力しながら生きるゾンビ集団に対し、個性で立ち向かいます。それも時代背景としても非常に意味のあるタイミングで多数派に少数派が挑むのです。ただし、その結果は想像絶するので是非みて下さい。

これらが示しているのは、資本主義社会の終焉なのかもしれません。

勝つか負けるかの社会ではなく、協力し合う事で、新たな人間らしさを身に付けようと投げかけているのかもしれません。

実際、こんな実験があります。

被験者は二人の人物。一方に80ドル渡し、もう一方に30ドル渡します。リッチとプアーというわけです。実験では、50ドルをどちらかに渡して、脳内の快楽神経がどう働くかをみます。リッチに50ドルあげると、当然リッチの快楽神経はプラスに反応します。プアーに50ドル渡すとどうなると思いますか。なんとリッチの快楽神経は最初より5倍くらいプラスに反応するのです。自分がもらってないのにですよ?!

この実験から、人はお金を集めること以上に幸福を感じる事象があるという事が分かります。それは他人に対する愛なのかもしれません。

そしてその愛を体現する生き物がゾンビかもしれません。

初期のゾンビは焦ったりしません。競争もしません。余裕のあるゆったりとした動きには奥ゆかしさを感じます。

また、ゾンビはノマドです。場所にこだわりません。一切の所有欲を放棄した証であり、人間にはとても真似など無理でしょう。

ゾンビは通勤もしないのでギャングがリスクを背負って到達したポジションと同等の地位にいると言えます。

ギャングよりも崇高なのは、同族嫌悪がなく互いに争いません。浮かれてはしゃぐような事もありませんから、事故やケンカもありません。

ゾンビは人間の課題を取り除いた、新しい人間なのかもしれません。

僕らの憧れるべき存在、資本主義の次の社会、簡単なステップで移行できる完璧な手続き。

みんなでゾンビになりましょう!あとはウィルスを探すだけです!