ダサいから安いのか、安いからダサいのか

洋服が50%offという看板をみました。

対象の服とそうでない服があるようです。

その服がなぜ半額だと言えるのでしょうか。誰のセンスで半分の価値しかないと判断しているのでしょうか。

確かに安くなった服には、ダサいモノが多い気がします。

ダサいから安いのか、安いからダサいのか。

もしかすると、ダサいという感性には、人類皆が持っている共通点があるかもしれません。

考えてみると、アフリカのとある民族の衣装やアクセサリーに素敵だなと思ったり、昔の人の服装や柄に感動したり、いいデザインを感じる感性も、人類共通項がある気がします。

これはつまり、感性には個性がなく互いに理解しあえるということを指してしまいます。

個性が無い!と言わないまでにしても、実は理解できるとは言えるかもしれません。

2次元に恋するなんて、理解できねー!なんて言いますが、ある程度は理解出来ているはず。

恋まではイかないが、可愛いな。
とか。
こんなんあり得ないけど、カッコいいな。
とか。

もちろん、生理的にムリとかトラウマでムリ、とかはあると思いますが、頭ごなしに否定は出来ないかもしれません。

では、なぜ、服屋はダサい服をデザインするのでしょうか。なぜ、いずれ50%OFFになるデザインだなと感じているのに作り進めてしまうのでしょうか。

作っている間は、比較が難しいので本当にいいものだと感じてしまう、というケースと、手抜きしたデザインがある程度ないといいデザインを感じる事が出来ないし、ビジネス的にも都合がいい、というケースがあると思います。

いずれも人間的な感情が入っており、その中でアイデンティティを育もうとしている事になりそうです。

難しい事になってしまいましたが、要するに50%OFFのセールスワゴンからいいデザインの服を見つけるには、店員のセンスの穴を指摘する楽しみがあって、レジに持って行った時に
「あ!しまった!!こんないいデザインを半額と判断していた俺ってバカだ!!」
と思わせる事を楽しみたいなと思いました。最近服買わないけど。