一人BBQ

一人BBQをしました。
BBQセットを立て、着火剤を置き、その上に炭を組みます。

炭に火がつくのをじっと待ち、タイミングを見て網に油を塗り、その上にまざはお肉を1枚。

一人なのでガツガツ行く必要はなく、ベストな焼き加減を自分のペースで探します。
気温は31℃。片手にはビール。なかなかの時間。

お肉の表面に血がにじみ出てきたところでひっくり返します。
そうしてしばらく焼いて、タレをつけて口に放り込みます。

少し焼き過ぎたのか、堅い感じ。それとも肉が悪いのか。
もう一度肉を網においてベストなタイミングを探します。

そうやってみて気付きました。
焼き肉は盆栽だと。

今までは、誰かと一緒に肉を焼いていたので、食うか食われるかの攻防があって盆栽感を感じませんでしたが、一人でじっくり楽しむとそれが良くわかります。

一枚一枚丁寧に網に広げ、
じっくりゆっくり待ち、
火が届かず赤くなっているところがあればポジションを直し、
育ってきたところでひっくり返し、
ここだと思うところで食べる。

一枚一枚の焼き肉を育てるという点に盆栽感が見えます。
盆栽は長い年月をかけて楽しむものですが、焼き肉はかなり短時間です。

ところが一人で向き合うと、そこには悠久が生まれ、宇宙に肉と自分とビールだけというスケールを味わう事が出来るのです。

美しい焼き加減を追及するためだけの時間。
美しい焼き加減を追及するためだけの空間。
美しい焼き加減を追及するためだけの自分。

こうした哲学の中で、肉とは何かに向き合っていくのです。
そして私が悟った肉とは、かつて命だったものであり、死してなお恍惚としたエネルギーを放ちながら肉汁を出し、次の生命にそのエネルギーを提供するという輪廻にも似た存在だという事です。

しかしながら、問題は僕が盆栽をした事がなく、盆栽が趣味な人から見たら「そんなんじゃねーよ!」とお叱りを受けそうだという事です。