既読

フェイスブックのページには、普通のアカウントとは違ってリーチした人数が表示されます。

今日、スマホからその数字をみたらリーチではなくて既読に変更されていました。

この記事をこんなにも多くの人が読んでくれたとは…

リーチという表現だと

「届いたよ」

程度の軽いコンタクトに感じますが、既読だと。

「確かにこの記事は読んだぞ!」

という力強いアンサーに聞こえてきます。
もちろん「続きを読む」を押したけど途中で読まなかった人もいるでしょうから、本当に既読かどうかは怪しいもの。

ただ、僕はそのニュアンスでささやかながら、僕のテンションに喜びが生まれるのです。

「いいね!はなかなか押さないけど、読んでくれてはいるんだね!」

と。
フェイスブックはこうしたわずかな改善を繰り返す事で、発信者のテンションを保ち、
世界的企業になったのかと感心しました。

一方、将棋の棋士の話。
最近の女流棋士はとてもキレイになりました。
テレビで解説する人も時間を読み上げる人も今日はキレイでした。

なぜなのか推測してみましょう。

テレビという公の電波なので、協会も出来るだけキレイな人を選んで人気を上げたいと考えます。

キレイな人がいることを知った人は将棋に興味を持ちます。

その中にはイケメンもいます。

すると女子は将棋なら接近出来ると考え、集まります。

キレイな女子には敵が増えるので、鍛えられて強くなります。

そうしてテレビに出れるくらいの実力をつけて現在の状況になるのです。

こうしたわずかな改善を繰り返す事で将棋界を盛り上げていたのですね。

改善は小さく、継続的に行い、大きなリターンではなく着実なリターンを長期的に求めるものなのかもしれませんな。