大人数が生む人
ヒトが多いといろいろと困ったことが起こる。
例えば電車の扉。
乗ろうと思って近づくと、降りてくる人がいる。
ここでは、少し待つことが普通。
だが、年配の方(特にチッコイ人)は降りてくる人も構わず乗ろうとする。
並んでいるか、並んでいないかも関係ない。
とにかく、扉が開いたら早く乗る。
出来るだけ座りたいワケで、可能性にかけている気持ちは分かる。
だが、ちょっぴり悲しいではないか。
田舎の年寄りにはあまり見られない行動だ。
人が多いという事は心が荒(すさ)むという事なのか。
また、電車から降りようとするときには、子供が問題。
横からスッと割り込んできて、降りていく。
どんなに狭い位置関係でも入り込む。
その度に僕は、急ブレーキをかけて彼らにぶつからないようにしなければならない。
しかし、後ろからは押してくるので転びそうになることもある。
そうこうしているうちに、オババ達が乗ってきて降りる降りないの全面戦争となるのだが、戦場にもはや子供はいないので一安心。
というか、複雑な気持ちになる。
スッと割り込んで来れるのは、子供の特権。なのに、どうして戦争は起こるのだろう。
年寄りと子供は、大人が守ってやらなければならない。
席はお年寄りや妊婦や体の弱い方に譲りましょうと電車にも書いてあるし、僕の良心もそうしろと叫んでいる。
お年寄りが慌てて乗り込もうとするのは、席を譲ってもらえないからなのだ。
大人は子供を見かけたら、道を作ってやらなければならない。
満身創痍で切り開いた道を子供は進み、彼らが大人になるころ、また道を切り開いてくれるのだ。
子供が通りにくい道を作ったら、間違った道にも行きかねない。
僕の3年間の東京生活経験上、電車は人が乗り降りしている間は閉まったり進んだりしない。
もっと落ち着いて、女・子供・お年寄りを先に下ろしてから、ゆっくりと降りるのだ。
紳士たる大人はそうあるべき。
ビルなどで火災が起き、スタッフが
「落ち着いて、ゆっくりと避難してください」
というシーンを映画やドラマでみる。
電車での心の荒みようをみると、火災ではなくパニックでの死傷者が多く生まれると思う。
東京に住む人の多くが、田舎出身で大人数に慣れていない。
大人数に慣れていない人が大人数になると言う事は、ホラーだ。
自分は大人だから大丈夫と思うかも知れないが、今まではたまたま運が良かっただけだ。
都会の大人数は、常に変化していて慣れるような現象ではない。
大人数に慣れている人が大人数を作るのは、田舎のお祭りだ。
混雑の具合も把握しているし、それなりの準備や覚悟をしていくから、有事の際もパニックにならない。
祭りで大惨事となるのは、だいたい都会だ。
そこには、大人数に慣れていない人の群れが出来ているのだ。
どうしたらいいかについては、明日にしようっと。
覚えていれば。













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