嫁の両親はフリーメイソンかも
嫁の両親がスゴイ。
義父さんが定年退職したときに、企業年金でタイに暮らそうという事になった。
タイのバンコクに住み始めた頃、嫁が遊びに行った。
せっかくだからタイのいろいろなところに行ってくると嫁は楽しそうだった。
嫁が旅行に行ってしばらくして、プーケット大地震である。
いろいろなところの候補にプーケットもあったような気がして、電話してもつながらない。
メールも返事がない。
そのうち嫁のお姉さんからも心配だという電話があり、大使館に電話してみいようという事になった。
大使館に電話してみようと思っていたまさにそのとき、嫁から電話が。
今、全然違うところにいて、象に乗っているという。
象に乗っていて揺れていたから地震も知らなかったそうだ。
僕らの心配はいったい・・・
嫁の旅行からしばらくして、両親はバンコクではなくチェンマイに移った。
移った直後、バンコクでは権力者タクシンを追い出すという騒ぎになり、一事街は戦場みたいになった。
両親はギリギリ巻き込まれなかった。
チェンマイで数年暮らし、次は沖縄に移り住んだ。
沖縄で移り住んだ1ヶ月後、近所でお祭りをやるという。
車ももっていないので、夫婦仲良く歩いて行こうという事になり、お祭りまでの道を早い時間に散歩。
道の脇に咲く花が気になってつい寄り道していたところに、横たわる男性が。
米軍によるひき逃げの被害者であった。
男性はすでに無くなっていたそうだ。
警察を呼んで状況や遺体発見までの経緯を説明し、思い出したように祭りへ向かう。
お祭りはどうしても見たかったらしい。
これは事件なので、警察から再度聴取を求められ、お祭り会場に迎えに来たパトカーで署へ。
どうみても連行された夫婦である。
その後、反基地運動に参加し新聞にも掲載された。
裁判が始まり証言台にも立たされることになった夫婦が考えていたことは、沖縄の次はイタリアに行きたいであった。
裁判に1度参加し、まだ終わってないのにイタリアに旅立つふたり。
裁判は未だに終わっていないと思う。
イタリアに旅立つ少し前、北欧で火山が噴火した。
大丈夫かなと心配していたが、彼らはゆうゆうと飛行機に乗ってイタリアに到着。
かなりの強運だ。
イタリアでは3ヶ月くらいぶらぶら過ごして、今は北海道に住んでいる。
まだ北海道では何も起こっていないが、起こる確率は高い。
たのしみのような怖いような・・・












