文章家

文章家になるためには、あらゆる知識が必要だ!という記事を読みました。

確かにそうだと思います。
あらゆる知識に興味があるから、文章家になれるのかなとも思います。

僕の文章はウンコみたいなレベルですが、あらゆる知識に関心があるので、文章家の素質はあるのではないかと思ったりしてます。

でも、以下のような記事を読んで楽しんでいるから、周囲から変態と言われるのだなぁと思いました。

変態と思われたくない方は、こうした分野からは逃げた方がいいかと。

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20050227

これこそが幸福

気の知れた仲間と話をするのは、とても楽しいものです。

これこそが幸福であり、人生の目的なんじゃないかなぁとさえ感じます。

どうやったら、これを最大化出来るのでしょうか。

人は様々なコミュニティをもっています。
学校の友達、会社の友達、どこそこでの友達、などなど。

気の知れてるかどうかランキングを付けると、仕方なく付き合っているコミュニティが存在する事が分かります。

いやいやコミュニティに滞在する時間を極力減らし、気の知れたコミュニティへの滞在時間を増やせば幸福に近づきます。

いやいやコミュティは、自分の意思とは関係なく、ビジネス上のものとか親戚だからとかいろいろあると思います。いやいやでもないがしろには出来ません。

でも、いやいやなのであれば不幸なので、いやいやだけど滞在しなきゃいけない原因を、気の知れたコミュニティに置き換えられないか考えます。

例えば、取引先だから仕方なく・・・という場合は、取引先を気の知れたコミュニティに変わってもらうなどを検討します。

気の知れた仲間どうしでやれば、気の知れているのだからスムーズに楽しく仕事が出来ると思います。

こうした気の知れた仲間を増やす為には、自分の気を知ってもらわなければなりませんので、自分自身をもっともっとオープンにしましょう。

そして相手の事も分からないといけないので、相手の情報を集めて事細かく知る必要があります。

あ!

俺、今、何となくストーカーの気持ちがわかっちゃった!

やわらかく

昨日、ちら見したテレビ番組に衝撃を覚えました。
学校がやわらかくなっているのです!

テレビ番組で流れていたのは、2つでドッジボールのボールがやわらかくなり、当たっても痛くないという事と、跳び箱がやわらくなっていて、やはり痛くないという事。

ドッジボールは痛いからこそ避けるという心理だと思いますが、危機感の低下が心配です。でも、ドッジボールってそんなに痛かったかなぁ?

跳び箱も飛べなかったときにお尻を強打してしまいますが、その痛みを和らげるというのです。

怪我をしない配慮が跳び箱まで変えるとは!!

もっとやわらかく出来るところあるんじゃないでしょうか。

たとえば階段。
階段は転んだらやばいです。
蒲田行進曲です。

ドッジボールや跳び箱よりも早くやわらかくするべきでした。
階段はぜひやわらかくしましょう。

それから地面。
地面もやばいです。

たとえば、車に跳ねられたとします。
怪我をするのは、車にぶつかった瞬間ではなく、飛ばされて地面に当たった瞬間だそうです。
なぜなら、車より地面のほうが固いから。

地面がやわらかければ、怪我をする心配はありません。
これは学校だけでなく、世界中でやわらかくする必要がありますね。

壁。壁も危険です。
全力でぶつかったらかなり痛いです。
ぜひ、やわらかく。

机の角は危険です。
転んで頭打ったらどーするのでしょう。
やわらかく。

椅子。
子供たちが喧嘩しはじめたら、椅子は凶器になります。
やわらかく。

喧嘩といえば、えんぴつ。
僕が小学生のころ、友達が二人喧嘩をし、一人が相手の頭にえんぴつをぶっ刺した事件がありました。二人とも元気かなぁ。

剣山。
剣山はもう剣ですからね。
危険極まりないっす。

怖い先生。
怖い先生がいるだけで精神的恐怖はぬぐえません。
やわらかくして頂きたい。

個人的には、年末に向けての飲み会の量。
あぁ、厳しい!
これもぜひやわらかく。。。

いろいろなものを柔らかくする必要があって、大変ですね。
ジョジョの奇妙な冒険の第5部に登場するスパイスガールの能力が欲しいっす。

すべてが柔らかくなったら、きっと誰も傷つかない幸せな世界になるでしょうね。

一流

一流になれとか、成功しろというメッセージが世の中に多いです。

そのようなメッセージは、何を持って成功とか言っているのかみてみると、どうもお金のようなんです。

昨日みた、LAギャングストーリーという映画でギャングスターであるミッキー・コーエン役のショーンペンが

「もっと欲しい」

というシーンが印象的でした。
乾いた人の姿がそこにありました。

成功しましょう!という本を書いたり、メッセージを飛ばしている人も乾いている人なのでしょうか。
いったい、この価値観はなんなのか。

こうした疑問は世界各地でささやかれているように思います。

仕事とはもともと等価交換の手段であり、コミュニケーションの一部でした。

等価交換を便利にしたのが通貨という道具ですが、そのためにコミュニケーションは希薄になりました。

さらに人類は進化して、等価交換をどんどん便利にしていきましたが、やはりコミュニケーションは希薄になるばかり。

いつしか、人間関係よりも道具であるはずの通貨が、その人の幸福度を測る指標のようになってしまいました。

でも、そろそろコミュニケーションの時代。
これ以上、等価交換が便利になる必要がないくらい便利になったからです。たぶん。

で、コミュニケーションの一流とはなんなのか、という事なんです。
いつもの僕の見解では、下ネタになってしまうので、違う視点で考えてみます。

それはつまり、近くの人を笑わせられるかどうか、という事になるのではないでしょうか。

貧しくても周囲が笑ってくれていれば、それほど苦痛じゃない気がします。
人を笑わせられ、喜ばす事が出来る人ほど一流だと思います。パッチアダムスみたいな人。

おっと!

真面目な内容になってしまって軌道修正が出来ない!

読んだら損すると思いきや、いい話だったので、損しなかったという損ということで。

子供ってすぐ前に

子供ってすぐ前に立つんです。

エレベーターの前とか、家の玄関の前もか、車のドアの前とか。

開くものの前に立つ習性があるのでしょうか。

そのおかげで、僕は入り口で立ち往生する事が多々あります。

ウチのマンションは家の玄関まで幾つかのドアを通り過ぎなければ家に入ることができません。

駐車場とエントランスの入り口、エントランスのオートロック自動ドア、エレベーターのドア、家の玄関ドア、という感じ。

買い物のために外出して、たくさん買い物し、重い荷物を持った状態で、これらの行程を進もうというときに、子供がいるともぅ大変。

駐車場とエントランスの入り口で立ちはだかり、オートロック自動ドアで立ちはだかり、エレベーターのドアで立ちはだかり、家の玄関ドアで立ちはだかるのです。

さっき荷物を入れたビニール袋が僕の指に食い込んでいき、引きちぎれそうです。

それでも容赦無く子供は立ちはだかります。

ドアという異世界をつなぐ門に住まう魔物がそうさせるのでしょうか。

何度「のけい!」と言い放っても効果はみられせん。

神主を呼んでお祓いしてもった方がいいのかな?そのばあいは、子供?ドア?どちらにお祓いすればいいのでしょうね。

このままでは、指がちぎれてしまいます。

特に家の玄関では、靴を脱ぐ時にダラダラする習性もあって、僕の指はもう紫色です。

子供は無力でか弱いと言いますが、大人の指くらい簡単に引きちぎる能力があるのだと思う今日この頃です。

頼りない

財布が空っぽの時、財布はすごく頼りない感じになります。

1万円入れると気持ちが少しほっとするものの、重量とか厚みとか信頼しきれないところがあり、財布をやや軽視してしまいます。

ところが100円のものを買うと、急に財布が膨らみ、財布が頼もしく見え、自分に自信もつきます。

100円のものを買うと、消費税がついて108円ですから、9,892円のお釣りになります。

5,000円札が1枚、1,000円札4枚、500円玉1つ、100円玉3つ、50円玉1つ、10円玉4つ、1円玉2つです。

これらが財布の容積を満たし、同時に僕の心も満たしてくれるのです。

本当は、1万円よりも減ったのに、この自信はなに?!

1万円の中に秘められた、自信という価値。
まるで1万円がzipファイルみたいです。
少額な何かを買って解凍すると、価値が広がるのですから。

1万円で何かを買う時も、「崩す」といいます。
1万円が持つ秩序の壁が瓦解し、世界が広がるイメージ。
ただ、そこは未知の世界であり、崩す事で何か負の事象も起こるような気もしてしまいます。まるでパンドラの箱・・・

1万円を崩した時に、

「あぁ、もう1万円は無いんだ・・・これからは減っていく一方だ・・・ん?という事は気兼ねなく使える!消費に走る事が出来る!やったー!俺は消費の王様だー!!」

という深層心理が働き、財布の厚みや重量をみてさらに自信がつくとメカニズムなのではないでしょうか!

このメカニズムを「1万円瓦解現象」と名付けましょう。
1万円を崩した時の複雑な心境を解明してしまったかも!

健康診断

先日、健康診断をしてきました。
ダイエットの効果もあって、だいぶ健康になりました。

が、腹部が標準よりも0.01cm太くて微妙な判定に。
0.01cmだったら呼吸の仕方とか筋肉の入れ方で変わった気もしますが、結果を真摯に受け止めます。

僕のダイエット方法は、食制限です。
昼はブランというクッキーみたいなやつを1つ。

この商品はOLが

「あたしダイエットして自分を磨いているのよ(ハート)。ほらこのおしゃれなクッキーだってこれだけしか食べないんだから!ウフッ」

とか思ってそうなやつです。
まぁ、僕もそのように思いながら食べているんですけど、味もおしゃれで美味しいっす。

炭水化物は極力抜き、肉はガツガツという感じ。
当初腹は減りましたが、慣れると普段から量を食えなくなります。

毎日体重計に乗るのもいいですね。
0.1kgまで測る事が出来る体重計をお勧めします。

そうして2カ月くらいでしょうか、約10kgくらい落としました。
今は多少がっつり食べても体重が増えません。

でも、それだけではだめだという事は気付いていました。
運動です。運動しないと健康ではありません。

運動というのは、ムチャクチャ面倒だし一人でやっても面白くありません。
一緒に走るとかスポーツするとか、仲間がいればいいんでしょうけど、時間が合わないし、ジムはお金がかかります。

パソコンがいけないんです。
江戸時代は、どの仕事も力仕事ばかりでムキムキな肉体は普通だっという説があるので、その時代を見習うべきです!

やっぱりサムライの気持ちなのでしょう。
帯刀を解禁し、パソコンを禁止しましょう。

緊張感と肉体的労働が伴えば、理想的な体も手に入れられる!
食べ物も高楊枝でいいのです!

ぼくらは進化したようで退化してたのです!

名言でた

スマホの電池

スマホの電池がすぐ無くなります。
どうしてこんなに無くなるのかってくらい無くなります。

1日に2回は充電しなければなりませんが、これって普通の事なのでしょうか。僕がスマホを酷使しすぎているのでしょうか。

酷使しすぎているのは、電気です。
自分の欲求を、電気を使って満たしているのです。

スマホを使う時の欲求とは、「知りたい」です。
知りたい事の為に電気を使っているという事になります。

しかしながら電気を作る為には、別のエネルギーを使わなければなりません。

燃やすエネルギーを使った火力発電や、風のエネルギーを使った風力発電や、核融合のエネルギーを使った原子力発電所など、さまざまな方法で電気を作る事が出来ます。

ところが、電気の使いすぎは環境破壊につながるそうです。
知りたいという欲求の為に環境が破壊されている事になります。

極端にいうと、パンダから笹の葉を奪うと、インターネットが使えるという状況なわけですね。

そこまで知りたいか?と言われると、

「いや、そんな事になっているとは知らなかったもので」

という事になり、

「いろいろ知りたがったくせにこうした事は知らなかったのか?!」

と世間様から怒られそうです。

これをどうにか食い止めるには、別の欲求で頭をいっぱいにしたらいいんじゃないかと思います。

知りたいという欲求を超える別の欲求。
それはやはり性欲が適していると思うんですね。

現代の若者は、外出して遊ぶという事が少ないそうです。
恋人を作らない若者も少なくないとか。

彼らが何をしているのかというと、知りたい欲求を満たしていて、パンダの笹の葉を奪っている可能性があります。

そうした若者に性欲を植え付けて、気持ちを満たしてあげると、動物的でよろしいのではないかと?!と朝から考えてみましたYO

外国人からの視点

外国人からの視点では、日本は何でもカワイくしてしまう力があるそうです。

ハロウィンも怖いはずなのにカワイくしてしまうのが、日本。

とりわけ、きゃりーぱみゅぱみゅの作り出すのカワイイ完成度は恐ろしいものがあります。

完成度という点だけを切り抜けば、マリリンマンソンが作り出す完成度と等しく、なかなか見られない希有な世界観だと思います。

日本には、サムライがあり教養があり礼があり職人があり漫画がありアニメがありゲームがありと、いつの時代も世界を驚かせる力がありました。

現在は、カワイイが世界を驚かせており、この分野で僕も何かしたいです。

ただ悲しい事に僕はカワイくありません。
日本人でありながら、カワイイについての才能がありません。

絵を描けば劇画になるし、文章を書けば低俗でくだらない文章になります。

できれば、コスプレとかはしたくありませんし、キャラも変えたくないです。そこまでしてカワイイを追いかけても、もっとカワイイ人はいるし、カワイイが終わってしまうかもしれません。

そこで僕は次に来る物に備えようと思います。

それは、キモいです!
それなら僕にも出来る!!

カワイイは、そもそもキモいところから始まっている気がします。
ほんとはキモいけど、カワイく見せる事でキモカワへと変化させていたのです。ハロウィンとかまさにそう!

日本人は、外国人からするとよく分からなくてキモいと思うんです。
鎖国ししててナゾに包まれてたし、刀とかキモいくらい切れるし、国民はみんなキモいくらい字が読めるし、キモいくらい丁寧なおもてなしだし、キモいくらい細かい作業が得意で、キモいくらい面白い漫画書くし、キモいアニメも得意だし、キモいゲームもゲーマーも存在してます。

そう!ぼくらは本質的にキモい!
キモい事にかけても僕も自身がある!

これからの時代はキモい!
何でもキモく変えてしまう国民になりましょう!!

なんだか地震

なんだか地震が多かったですね。短い時間に。

地震が起きたらいつ逃げるか?という問題があると思います。
起きている最中か、起きた後か、あるいは起きる前か。

最中に逃げるのは、あまり推奨されておらず、後の方がいいという話になっています。

でも、起きた後に避難しても、

「今終わったばかりだからなぁ」

という気分になり、逃げようという気になりません。
やはりここは起きる前に逃げるのが、正解なのでしょう。

ではどうやって、起きる前を把握するのか。
いろいろな研究者がこの事を研究していますが、これといった答えは出ていないように思います。

だとしたら、普段から逃げておく、つまり地震が起きても安全な場所で生活すればいいのであって、地震が起きても大丈夫な環境を作ればいい事になります。

耐震構造は、おそらくこのような理念の基に作られていると思います。

ただ、「住まい」という環境を「家」ではなく「広場」とかにする方が安全だと思うんですね。

周囲に高い建物が何も無い広場です。
安全の為に、高い建物を作らず、国民はみんなテント暮らしにして国土を広大な広い広場にしてしまうのです。

それなら地震が来ても大丈夫。
台風や豪雪だとちょっとアレですが。。。

ハイヒール

ハイヒールっていう靴がありますが、これがだいぶセクシーですよね。

マドンナがいうところでは、

「ハイヒールを一足頂戴。それさえあれば、世界を征服できる」

というくらい破壊力があります。

ビヨンセもハイヒール履いて、パワフルでセクシーなダンスを踊ります。

□Beyoncé – Single Ladies (Put a Ring on It)

正直って悔しい!
僕は男じゃないですか。
ハイヒール履けないじゃないですか。

そりゃ、ヤニス・マーシャルのように履こうと思えば履けますが、違う破壊力が生まれてしまいます。

あ、ヤニス・マーシャルを知らない?
一時ネットで流行ったので、知っている人も多いのでは。

□ヤニス・マーシャル
http://matome.naver.jp/odai/2140414041525913501

というわけで、男子の足元は美しく見せようにも、ハイヒールはだめなわけですよ。

でもね、昔は履いていたようなんです。男女ともに。
何やら街にあふれる汚物を出来るだけ踏まないように開発された靴だとか、身長を高く見せるために開発されたとか、そんな歴史があるそうです。

現代では何の取り柄も無い僕がハイヒールを履くのは、どうもよろしくない気がするので、別のハイにチャレンジです。

それはハイトゥー。

そうです。つま先を上げるのです。
かかとじゃなくてつま先。

そうする事で、ふくらはぎが伸び、美しいラインを作る(のか?)事になるでしょう。

ハイトゥーはあり得ないと思われている方もいらっしゃると思いますので、先駆者であるレニングラードカウボーイズを紹介したいと思います。

□レニングラードカウボーイズ
http://www.leningradcowboys.fi/tl_files/cowboys/images/album_banner.jpg

彼らのハイトゥーを継承するのは、僕です。いつかね。

家事する女性にも給与

家事する女性にも給与が支払われるべきだ!と思いました。
だって、家事って大変じゃないですか。

ご飯作ったら食べられて、後に残るのは汚れた食器。。。
盛りつける直前までピカピカだったのに・・・

洗濯してきれいに畳んで片づけたと思ったら、汗にまみれた状態で返されるし、きれいに掃除したと思ったら散らかされるし・・・

いったい何の為に家事をしているのだろう、いったい何のために生活をしているのだろう、何のために生き、何のために生まれたのだろう。。。

そんな事を考えてしまうほど、悩ましい仕事だと思うのです。

特に料理はすごいと思います。
何を作ろうか、あれほど時間をかけて考え買い物をし、おっと、買物だって安い野菜や新鮮な野菜を手に入れる為に、あれやこれや考えるわけですよ。

そうして、やっと、調理にかかるんです。
味にこだわり、盛りつけにこだわるんです。

一生懸命なんです。

なのに!ものの15分後には無くなるんです!
汚い皿と変わり果ててしまうんです。
あの苦労はいったいなんだったのかっ?!

その労は食器洗いという次の仕事でねぎらわれるのか?!
奴隷かっ!?

当たり前のように進められてきましたが、きちんと対価を支払うべきです!

で、誰が対価を支払うか、という事になりますが、それは旦那さんという事になります。

旦那さんは、働いて稼いだお金を働いていて頑張った奥さんに支払う必要があります。

ここには雇用の関係がありますね。
そう!つまり結婚と雇用は似ている!!

女性は、自分のサポートの対価をいかに高く支払ってくれるかどうかで旦那さんを探し、あるいは支払いを高くしてもらうために、旦那の昇進を願います。

時にはブラック旦那もいるらしく、未払いや残業も余儀なくされるとか・・・こわいこわい。

そう考えると、これからの世の中、終身雇用ではなく実力主義で、キャリアアップの為の転職もあるかもしれないです。。。

それはいやだなぁ。愛だろ、愛。

ところで、僕のLINEスタンプはまだ審査中。
もういいや。

IDを入れて首から下げるネックストラップ

IT業界によくある「IDを入れて首から下げるネックストラップ」が、ネクタイの代わりを成すかのような存在感になりました。

しかし僕のストラップはもう3年目を迎え、非常に汚れてします。。。
ネクタイだったら取りかえられるのに。。。

それにネックストラップがネクタイのような存在感を出していると言っても、それは単純に視覚的ポジション争いを制しただけで、マナーやフォーマルといった領域においては、まだまだ未熟な感じがします。

そこで、新しいネックストラップを考えてみようと思いました。
簡単に付け外しが出来、ネクタイのような紳士的存在感を出すには・・・

ネックストラップは、そもそもIDカードを入れておくものです。
オフィスの入り口で「ピッ」ってやる為のIDカードを、利用しやすいように首から下げる役割があります。

簡単に着けたり外したり出来るのも魅力で、気軽さもウリ。
でもたいてい1種類しかなく、汚れやすいのが難です。

一方のネクタイは、カチッとした存在感を放ち、油断ならない風貌を演出します。これによりナメられる機会を防止して社会的地位を確立する事が出来ます。
種類も豊富に取りそろえる事ができ、清潔で細かな演出も可能です。

ただその存在感の為、気軽に付け外しは出来ませんし、カードをホールドする能力もありません。

要するにネクタイとネックストラップは、3つの点で対極にあります。

1.気軽さ
2.清潔さ
3.カードホールド機能

このうち3のカードホールド機能は、どーにでもなるような気がするので、軽視しちゃいます。
清潔さもストラップ側のバリエーションを増やせばいいだけなので、軽視しちゃいます。

大問題は、気軽さです。

ネクタイの存在感は、歴史的な重みもある為、彼らをカジュアルサイドに引き寄せる事は難しいと考えます。
なので、ネックストラップに重みを持たせる方向で考えます。

ネックストラップが軽いのは、「細い」という事と「材質がチープ」という事かと思います。

これらを解決するのは、宝石の力が一番です。

ネックストラップではなく、ネックレスの領域に進出するのです。
宝石なら汚れませんし、美しく輝くし、存在感もあります。
カードをホールドするところは、額縁のように飾り立て、会社の看板を豪華に演出。

少々お高くなるかもしれませんが、気軽さと重厚さを兼ね備える為にも、宝石をまぶしたネックストラップが流行する事を願います。

整理整頓

整理整頓出来る人は仕事が出来るというけど、天才の机は汚いともいいます。

僕の机はきれいな場合と汚い場合があるので、仕事が出来るときと天才的なときがそれぞれやってきているのだなぁと納得しています。

机はモノを置くところなのだから、それよって散らかるのは至極当然のように思います。

でも、机はモノを置くところなのだから、普段何も無いようにしておおくというのもしかり。

僕のようにきれいな波と汚い波が訪れるのは、当たり前の事なのです。

散らかるという事をもう少し思いだしています。

たとえば、ある書類を広げて仕事をしていたところに、急に別件が入り一時的にそれに取り組みます。
その時、もともと広げていた書類の上に別件を乗せて仕事をしてしまうので、仕事が2層になります。

別件が片付いて、もともとの仕事に着手すれば2層で済むんですけど、ついついメールとかみちゃうんですね。

そしてまた別の仕事につかまってしまう。
第三の仕事の書類も広げると仕事が3層になり、後はその繰り返し。

1日の終わりころに、「あ!そういえば!」と思いだして最初の仕事を掘り起こしてやるような日常は良くあるのではないでしょうか。

ミルフィーユのように何層にもなった仕事は、複雑さを増し、簡単に終わる仕事も終わらない可能性がある為、仕事がしづらく、「仕事出来ない人」と思われてしまうのでしょう。

しかし一方で、ミルフィーユ状態の仕事は全体でみると、これまでと違った顔をみせ、ひらめきが生まれるという側面もあります。

「おや?この仕事とこの仕事は関係があるんじゃないか?!こうすれば二つとも解決じゃん!というかこの仕事も関係がある!」

というような事もあるわけです。こうしたひらめきが天才になる瞬間なんですね。たぶん。
(仕事が何層にも重なってもたらされる効果を「仕事ミルフィーユ効果」と名付ける事にします)

僕は仕事が出来るケースと天才であるケースの2パターンがあると書きましたが、一つの机でそれが織りなされるのは、ナンセンスです。

仕事出来る机と天才机の2つの机があれば、能率が上がるかもしれません。

これからのオフィスは一人2机ですね!

3ボーカル、3三味線、6バスドラ、8タム

エイサーを見ました。
3ボーカル、3三味線、6バスドラ、8タムという配置。

ベースなしです。キーボードもいない。
ボーカルは3人なので、2名はコーラスなのかと思いきや3ボーカルでした。
その3ボーカルが三味線を弾いていました。

圧巻はドラムスですが、なんと14名もいました。
こんなバンド外にあるでしょうか。

しかもドラムはバスとタムしかなくて、大きなバスドラが花形。
ボーカルよりも目立っていました。

タムは軽やかで大きな演技が見物で、あれほど動けるドラムはいないのではないでしょうか。

という感じでバンドとしてのエイサーと捉えてみると、世界にも類をみない変わったバンドだという事が分かります。

これはまだオーソドックスな方で、ボーカルがいなくドラムスしかいないケースも存在します。

僕らはこの誇りあるバンド「ザ・エイサーズ」を誇りに思わないとですね。

付箋が問題

付箋が問題なのです。
みなさんもお使いの付箋紙。

上部1cmくらいの幅が粘着性仕様になっており、
「貼りやすく剥がしやすく、数回は繰り返す事も可能」
という優れた商品です。

仕事でも学校でもさまざまなところで活躍しており、今や文具業界の重鎮に居座っているのが付箋紙です。

こいつが非常に問題。
どうして誰も指摘してこなかったのか不思議です。

世界中の人々がこの問題に苦しめられているにも関わらず、まったく改善される見込みがありません。

その問題とは、剥がした時にクルクル丸まる事です。

剥がす前は、ただのっぺりとした平坦な紙なのですが、剥がして貼ろうと思った瞬間、丸まり始め立体的な主張をしてきます。

立体的に主張されても、薄っぺらいし軽いので、ちょっとした影響で剥がれてどこかへ行ってしまう、ここが問題なのです。

剥がれ落ちるたびに
「留められるところがお前のいいところじゃないんかいっ!!」
と怒りを隠す事が出来ません。

剥がれ落ちる紙であれば、普通の紙と変わりません。
期待して買った自分が情けなくなります。

仮に頑張って粘着力を強くした付箋があったとしましょう。
いや、実際あるんです。

ところがコイツはコイツでまた別の問題を引き起こすんですね。

それは、強くなった粘着性の為に、書いた文字が見えなくなるくらい丸まる、です。

強い粘着力の付箋紙に何かしら書いて、剥がして、ホワイトボードとかに貼りつけて、よーし!これからみんなで議論だ!!と思うとするじゃないですか。

一回ホワイトボードに貼りつけて、みんなの方を向き、再びホワイトボードと向き合うと、付箋が上向きになりそうなくらい立体的に反り上がっているんです。

あの、人を馬鹿にした態度!
「お客様のご要望通り粘着力を強くしましよ!」的、高慢な態度!

読めねぇ付箋紙は、ただの紙と一緒だってんだろぉがぁよぉぉぉぉっっっ!

どうやって解決していいのか、僕にも分りませんが、これはぜひともメーカー各社に頑張ってもらいたい!

事件は現場で起きているんじゃない!会議室で起きてるんだ!!

飲みモノ

今、ぼくの机の上には飲みモノが3つあります。

お酒の飲み過ぎで水分補給したくなったので、ポカリスエット1本。
職業講話で頂いたお茶1本。
同日開催したフォーラムで頂いたお水1本。

実は、別件でもお水を1本渡されたのですが、飲みきれないので空けずに立ち去りました。

さて、これらの飲み物、どうしたらいいんでしょう。
微妙に全て空いているので人にあげる事が出来ません。
また、捨てるには量が多いのでもったいない気がします。

自分で飲み干さなければいけないのですが、こんなに飲めるのでしょうか・・・1.5リットル近くあると思うのです。

しかも午後から2件の会社説明会があり、午前中に飲まなければならないし、そこでもまたお水が出る可能性が・・・

夏だと水分を摂りたいと体も疼くのですが、今はもう秋。
体は別段求めていません。

それなのに朝1.5リットル摂取し、午後にもまた1リットル摂取し、夜は夜でアルコールを2リットルくらい(いやもっとか?!)摂取するかもしれないのです。

考えてみると、僕の人生は水分を摂取してばかりです。
暇さえあれば、水分補給。
水分とステーキどちらが好きかと言われれば、絶対ステーキなのに水分の方を多く摂っています。

本日のような1日5リットル近く摂取する人生を続けたらどうなるのでしょうか。

1リットル飲むのに15分くらいかかると思われます。
そーすると、1日のうち1時間15分を水分に費やする事になります。

1時間15分も水を飲み続けるなんて無駄!
これはもう、点滴しかありません!!
点滴をする事で「ながら作業」が出来るからです。

「ジョジョの奇妙な冒険」によると点滴ならアルコールも数滴で済むといいます(危険)。
5リットルも摂取しなくて済むかも!

同じ悩みを抱えている人はきっとたくさんいるはずなので、点滴ビジネスが流行りますね。

点滴ビジネスをやりましょう!!

10年後

10年後にはほとんどの仕事が無くなるそうですが、人間は気持ちの生き物なので、なくならないと思います。

でも、なくなるとします。

何が残るかって、話す人と生み出す人が残ると思うんですね。

話す人は簡単にいうと営業で、生み出す人はクリエイティブな人とかだとイメージしやすいかと。

そのどちらかに人は所属するようになると思うんですけど、大多数が話す人を選ぶでしょう。

そーすると生み出す人が少なくなるので、単純な話、売るものがなくなるんです。

で、話す人が生み出さなければならなくなり、ウソが商品になるでしょう。

受け手もウソと分かってて買うと思うので、ウソの価値が上がります。

そしてどこかの企業がウソを自動生成するプログラムを開発し、ウソも効率化されて…

お酒を飲んだ次の日って

お酒を飲んだ次の日って頭も痛いのですが、心がざわざわします。

なんであんな話をしたんだろう・・・

とか

なんであんな行動をとったんだろう・・・

とか

あの人になんて事をしてしまったんだろう・・・

とか

なんであんなに払ったんだろう・・・

とかです。

そういう反省をした結果。

よし、もう禁酒しよ!

と決意するんですけど、結局また飲んでしまいます。。。
たぶん馬鹿なんです。

この心がザワザワする不快感をどうやったら取り除けるのかいくつかやってみました。
まぁ、そもそも飲み過ぎるなという話なんですけど・・・

映画を見て気を晴らせばザワザワしないかなー、と思って実際に映画をみたんです。

内容もよく分からない、Place beyond the pines という映画。

これが重いんです。面白かったけど、重かった。
映画全体に緊張感と孤独感があって、余計にザワザワしてしまいました。

でも発見もありました。

映画をみて余計にザワザワするという影響を受けたという事は、外部的な刺激によって心は変化するという事です。

ザワザワするものもあれば、ザワザワしないものもあるという事です。

次に子供にごはんをあげてみました。
見ているだけで可愛いので、かなりほっこりするだろうなーと思ったら、ご飯をなかなか食べてくれないので、イライラ。ザワザワがイライラに変わったのでした。残念。

それから本を読んでみました。
読みかけの本が気になっていたので、読み切ったらスッキリするかなぁと思ったんですね。

ところがその本は、破産していく人の実話なのでヒヤヒヤしてしまってザワザワからイライラからヒヤヒヤと混乱してしまいました。

しょうがないので、寝たんですけどこれが一番良かったです。
昼寝。これが一番。

起きたらもうザワザワもイライラもヒヤヒヤもありませんでした。

サッパリ!とかスッキリ!とかそういうスタッカート的擬音に心が変わっていてこれだなと思いました。

ザワザワしたら寝る。
カイジにも教えてあげたいです。

もうこんな時間?!

もうこんな時間?!
まだ何もしてないし、気分的には昼寝なんだけど…

という休日を多くの方が過ごしてらっしゃると思います。

そう思うのはもっともで1日3回飯を食うのに睡眠は1回というのか間違いです。

朝食後1度寝て外出。
昼食後1度寝て働く。
夜食後1度寝て朝へ。

これが正しいのです。
シエスタはそれに近い習慣ですが、もうひとつ足りませんでした。

1日3回寝るから朝早く5時くらいには起きる!というのが正しい生活なのです。

さあ、どうぞ!寝てください!!

むちゃくちゃ疲れたんです

今日はですね。
むちゃくちゃ疲れたんです。
なんでか分からないんです。

普通の仕事量よりちょっとハードくらいなもので、これくらいはいくらでもあったし、もっときつくても今よりは疲れていなかったと思います。

なんでか分からないんですけど、原因探ってもしょうがないので、疲れたときにどうしたらいいのか考えてみました。

まず考えられるのが、寝る。ですよね。
もう、これほど明快な答えはありません。
寝たほうが良い事は、いろいろなカタチで証明されています。

でも、寝るといっても仕事中なかなか寝れないですし、
外出中も寝れません。

どうやったら自然に寝れるのでしょうか。

まぶたに精巧な目のペイントをする!というのはどうでしょう。
これなら寝ててもばれないので、誰にもばれずに寝る事ができるでしょう。

次に首の固定化です。
首がふらふらしてしまうので、寝てても落ち着きません。
頭と首をどこかに預ける事ができれば安眠できます。

自然とあずけられて固定できるところ・・・
マフラーの利用が有効です。

病院で首を固定するために使う石膏みたいなのを取り付けます。
その上からマフラーで隠すのです。超簡単。
これで首も頭も、マフラーに預ける事ができて楽ですね。

そして姿勢です。

机にうつぶせになってはみっともないので、あたかも仕事をしているかのような姿勢が必要。

背中に板を通して、体が前かがみにならないように板と体を紐で縛ります。
左右にずれないようにする為にも、要所要所を板で支えます。

これで体も固定されました。

ここまで起きてる風にできたとして、肝心なのは指が動いているか動いてないかです。
止まっていたらかなり不自然。まばたきもしないでじっとしているなんてありえないっすもん。

自分で指を動かすことは、寝てる以上無理です。
他の動力を使うしかありません。

そこでハムスターを使おうと思いました。
手をキーボードに添えて、手のひらに隠れるようにハムスターを右手と左手にそれぞれ配置。
手とハムスターを紐で縛れば完璧です。

ハムスターが動くと手も動きます。

これで誰も寝てるなんて思いません。
ゆっくり疲れを取れることでしょう。

あぁ、疲れを取るためにやりたいなぁ。ハムスター買ってきます!

製薬会社の気持ち

昨日テレビで放映されていた映画の影響で一つ書いてみたいと思います。

死んだ人を死んだまま蘇らせる感染症のウィルスを作って生物兵器として各国に販売し過ぎてしまった製薬会社の気持ちってどうなんでしょう。

そもそもの目的はどうもお金儲けのようです。

生きている人よりも死んでる人の方が多いと、経済は成り立ちません。

死んだ人が経済に参加してくれないことには、製薬会社の未来は市場がスケールしないため、むしろ小さくなってしまいます。

国家としても、そのようなウィルスを購入し、他国を攻めたところで、荒廃し感染の恐れのある土地をどうこうしようとは思わないでしょう。
多額の費用がかかるからです。

というか、戦争って利権絡みが多いと思うので、相手国がゾンビ化してしまうと、貿易上困る、ということになるケースも多々あるでしょう。

なので、本来は世界中を脅かすほどではなかったはずですが、取り扱いがずさんであったため、世界中に広がってしまいました。

さぁ、製薬会社としての正しい行動はなんでしょう。

まず、生き残った人々を保護することに徹するべきです。

大切な経済リソースですから、一人でも多く安全な場所へと確保します。

衣食住を与えて、過ごしやすい環境を出来ることに集中すると思います。これ以上死んだら困るので。

それからゾンビも捕まえてくると思われます。

ゾンビは死んでいるとはいえ、動き回ります。これは凄いこと。

腰にクワを取り付ければ、畑を耕せるという事だし、自転車に乗せれば発電も出来ますし、カメラを取付けて危険な場所の調査もさせられます。

労働力としてかなり使い道があるのです。

単純な仕事を彼らに任せるという発想から、仕事を単純化するという発想に着手するようになるでしょう。誰でも出来るように。BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)ですね。

凶暴なゾンビはチカラが強いので、坑道で働いてもらってインフラを整備してもらえるかもしれません。

ただ恐らく、食の確保が大切になってくると思うので、農業にゾンビを使い、育った野菜を生きた人が食べて子育てをしていきます。

食物にが感染しないように処置はだいぶ気を使いますが、相手がゾンビでなくてもそれは昔から変わりません。

次は建築ですね。
これはかなり適してそうです。
仮に高いところから落ちても、再び働けるという強み。
今までよりもスピーディーに建築が進むかもですね。

そしてサービス業へと発展します。

動物園みたいにゾンビ園を作るとか、ゾンビ水族館とか、ゾンビで風雲タケシ城とか、ゾンビを観ながら死を考えるセミナーとか、いろいろ生まれますね。

第一次産業から第三次産業への発展です。
ついでに言えば、腐った身体から発生するメタンガスで次世代エネルギーも確保出来るかもしれません。

この様子は、ショーンオブザデッド、という映画で描かれていたりしますが、製薬会社としては、この路線で事業拡大した方が儲かる気がします。

誰かが死んでしまっても、ウィルスで蘇らせればいいので、資源は豊富。

最も困るのは少子化なので、子育てを推進する為、社会環境を改善しようとするでしょう。

この頃、生き残った人々は、ゾンビが働いてご飯を食わしてもらえるので、一所懸命生きていかなくても快楽を得られるユートピアを迎えていると思います。

全て、製薬会社がやってくれるので、ありがたや、ありがたやです。

子供を作って、いつか自分もゾンビになり玄孫(やしゃご)に自分の元気な姿をみせたいと願うようになるでしょう。

市民と企業が相思相愛!

やり過ぎてしまった製薬会社は多角経営!これですね。

男性の髪型

男性の髪型ってなかなかバリエーションが無いように思います。

ロン毛かショートかボーズかツーブロック。だいたいこれに収まる気が…

ロン毛は手入れが面倒だし暑いから僕には向いておらず、ショートはいいのだけど、ワンパターンな気がして今は嫌です。

ボーズは僕が良くても社会が良しとしてくれず(やるけどね)、ツーブロックは今の主流で流行りもんみたいで抵抗が…

流行りから考えると、ツーブロックをもっと進めたモノが次の流行だと思います。

サイドの短いブロックがもっと短くなるでしょう。そして、どんどん上のブロックを侵して行くでしょう。

そう!それはモヒカン!
モヒカンは男性らしくてとてもいいですね!

モヒカンをすることで、攻めてる感じがしますし、個性も出てグッド!

ショートとロングの両方の性質を持つ稀有な髪型です。

モヒカンのバリエーションも様々な昨今ですが、男なら出来るだけ細くすべきでしょう。

反社会的な要素に見られてしまう傾向が我国にはありますが、各々の社会的立場を考慮した細さで意思表示すれば良いのです。

例えば経営者なのに、メチャ細かったら、

「凄く攻めてる経営者!」

ということになるし、その逆だと

「保守的な安定基板のある経営者」

ということになるでしょう。

このように、男性の意気込みや達成感もみえる髪型はモヒカンくらいでしょう。

よーし!モヒカンを定着させるぞー!!

といいつつ、今日僕はパーマをあててますが。

テスト勉強

明日のテスト勉強をしているのですが、ちょっとイライラするので、僕の話を聞いてもらってもいいですか?

参考書というのを片手に、過去問をこなすやり方で勉強をしています。

参考書には正しい事が記載しており、僕は参考書に書いてある事を鵜呑みにしようと努力してきました。
例え、説明が足りなくて背景が知りたくても、時間がないので丸暗記する事にしました。

こうして参考書については、一通り覚えたつもりなのです。
正しい知識を覚えたつもりなのです。
正しさに触れて、純粋な心を磨いたつもりなのです。

でもよぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜っ
問題のぉ出し方がぁよぉぉぉぉぉ〜〜っ

「誤っているものを答えなさい」

ってなってるんだぜぇぇ〜〜〜〜

「正しいものを選びなさい」

なら分かる!でもっ!

「誤っているものを答えなさい」

っていうのは、ねぇだろぉぉぉぉ〜〜〜〜

なんという、ひっかけ!
なんという、意地悪!!

正しい物ばかりを見てきて、正しい事を覚えてきた僕に取って、このような仕打ちは、正直者が馬鹿にされたような気がしてたまらんのです!

この問題を作った人は、問題を作りながらほくそ笑んでいたに違いなく、人を信じていないモラルにかけた人物に違いありません!

そのような人が問題作成を任されるはずが無いと信じていたからこそ、僕は文末までは読まなかったっ!

あぁ、そうだとも!
僕は、人を信用していた!疑う事を考えた事さえなかったのだっ!

それなのに、あぁ、それなのに・・・
歪んだ心をもつ人に僕の心は踏みにじられてしまった。

純粋で純白で赤子のような僕(35歳)は、大人にけがされてしまいました。

問題を作ったヤツはひどいヤツです!
性悪説を唱え、あらゆる人を疑い、そればかりか騙そうとする最低な人種です!

幸福の国、ブータンではこのような問題は出されないでしょう。
人を信じる事で幸福は得られるのです!

なのに、この国家と来たら、国家試験にこのような罠を仕掛けるのです。

国家試験ですよ!
国家が行う試験なのですよ!

国民に資格を取得してもらう事で、平和的かつ生産性の高い国づくりを目指しているはずではっ!?

しかしっ! 彼らは問題以前にっ! 設問の置き方でっ! 疑う事を僕に教育しているっ!!
平和を疑えとっ!! 僕に教育を施しているっ!!

ビックブラザーだ!1984だ!ジョージ・オーウェルだ!!

というわけで、政治家になってこの国を変えようかと思いました。

・・・
・・・
・・・

ぜんぜん、話は変わりますが、

「私はこの人を指示します」

というサービスがあっても面白いですね。
自分が信用する友達とか家族とか一般の人に投票するアプリとか。

さーて、勉強しよ。

ハロウィンの時のコラム

今日はハロウィンですね。
ハロウィンは悪魔払いの意味を持つそうです.

悪魔の格好をすると、悪魔に連れ去られなくて済むというカモフラージュ戦略が、ハロウィン。

しかし、なぜ年に1度だけなのでしょうか。

調べてみると、ハロウィンはケルト民族の伝統行事で、彼らの暦では1年の終わりが10月31日なのだとか。

年末にご先祖様が現世にやってくる事に便乗して、悪魔も来るそうです。

変装しているから、ご先祖様にも気づかれなかったりして。

というか、日本でもお盆の時期に仮装した方が良さそうです。
落ち武者の格好をするとか、お岩の格好をするとか、日本伝統の幽霊イメージをトレースしたらなかなか怖そう。

日本のハロウィンはお盆にしましょう!

※明後日、大事な試験を控えておりこれから勉強するので控えめなコラムである事を許して下さい。

ドラッグストアにて

先日、ドラッグストアに行って驚きました。

男子向けの化粧品がこんなにあるのかと。

肌の手入れから頭皮の手入れから爪の手入れなどなど、女性の化粧品をトレースするかのような品揃え。

草食男子とか弁当男子とか言われていますが、男性が女性化してきたのでしょう。

そりゃ、肌は汚いよりキレイな方がいいし、禿げているよりは禿げてない方がいいし、爪もキレイな方がいいに決まっています。
その上で男らしくあって欲しいというのが、世の女性の声なのでしょうか。

男らしさというのは、生命の危機にさらされているとき、子孫繁栄のメカニズムが働いて、フェロモンが放たれ、女性が「素敵!」と思うのだそうです。

現代が向かう所では、肌を奇麗に手入れして、頭皮を健康状態にし、爪も磨いて、かかと角質を落とし、マウスウォッシュした上で、生命の危機にさらされるような行動を取って、モテる。という構図なのでしょう。

簡単にいうと、ヤンキーみたいな喧嘩っ早い連中が女性的という事です。スケバンじゃん。。。

ドラッグストアの女性の化粧品コーナーには、尿漏れを防ぐ簡易的なおしめのような物もあるそうです。ちょっと前にリカコがCMして気もします。

おそらく男子にもその波は、訪れるでしょう。
尿漏れ男子・・・セクシーなのか。。。

パンツの働き

パンツってどんな働きがあるのでしょうか。

僕の言うパンツとはパンティーの事です。男でいうところの、トランクスやブリーフです。

パンツの役割についてよく考えもせず、今まで履いてきたことに反省し、役割を考えてみようと思います。

パンツのポジションをみてみますと、肌ズボンとの間を司ることが分かります。

肌をズボンから守っている、という見方とズボンを股間から守っているという見方があります。

前者から考えると、ズボンの記事は丈夫な物が多いので、デリケートな股間と丈夫な布とでは、股間を傷つけてしまう事を懸念しているように思われます。

また、股間は子孫繁栄に大変重要な位置なので、外敵から二重に守っているともとれます。

後者の方になると、股間は排泄する機能がありますから、排泄からズボンを守っている事が分かります。

オナラでさえも結構汚れた気体なので、パンツの布フィルターを通ることで、ズボンの内面を清潔に保っているのです。

様々な機能を果たしているパンツですが、男子に限っていえば、チェックから男性自身を守っているという事になります。

ノーパンとかホント怖い…

買ってはいけない

先日、本屋さんで「買ってはいけない」という本をみかけました。

「懐かしいなぁ。まだ売れてるのかぁ」

と思って手に取ると、シリーズ10と書かれているではありませんか。

内容も最近の品物について述べてあり、

「これは表記に詳しくないからだめ」

というような事がたくさん書かれていました。

うーむ

と思ったわけです。

おそらく「買ってはいけない」のスタッフは、新商品を見つけては買ってはいけない理由を探すのでしょう。

「買ってはいけない」を買う人は、買ってはいけない理由を探す事を代行してもらった人たちで、買ってはいけない理由が大好きな人たちなんでしょう。

そりゃ、買ってはいけない理由を聞かされれば、買ってはいけないと思ってしまいますが、買った方がいい理由も同時に並べてくれないと公平とはいえません。

買った方がいい理由というのは、メーカーが宣伝を打つ時に盛り込まれるので、宣伝の謳い文句と買ってはいけない理由が比較されている方が判断に迷わないと思うのです。

例えば、ラーメンって美味しいけど体にいい気がしません。

美味しさを優先して食べますが、その時、体をいじめていることは認識していて、そこんところに後ろめたさを感じながら、チョッピリ幸せになると、こういうわけです。

買ってはいけない理由を説明し、同時に買った方がいい理由を認識した方が、納得感あって、自分で選択したという喜びがあって、人生を自分でコントロールしているという実感があって、よい、と思うのです。

そこで

「買ってはいけないのかもしれないけど、やっぱり買った方がいいかもしれない」

というシリーズの本を出していただきたい。

宣伝も買った方がいい理由を前面に出すのではなく、買ってはいけない理由も出していただきたい。

願わくば、それらは消費者の声によって作られているものであって欲しいっす。
アマゾンのレビューと同じです。

そうすれば、買って公開するという事を予測出来ていいんじゃないかなぁ。

でも、何にいいんだろ?
買ってはいけないという本も宣伝も一体何にいいんだろ??

マグレ感がある

最近のゲームは、マグレ感があると言ったら怒られるかもしれませね。

パズドラは、大ヒットしましたがそれを超える事は出来ないでいるようですし、モンスターストライクもmixiを復活させましたが、続くヒットはみられません。

ファイナルファンタジーやドラゴンクエストは、かつて社会現象になるほどでしたが、今はそれほどない印象。

計算高くやれているのは、レベル5の妖怪ウォッチや仮面ライダー・プリキュアなどでしょう。

でも、なんですかねぇ。
このエネルギーを教育や育成には向けられないんですかねぇ。

ゲームとか漫画とかアニメとかって以下のような要素があると思うんです。

・憧れるキャラクター
・知らない世界のお話
・集めたくなる何か
・理不尽・不可解な敵
・男女のチョメチョメ

そしてこれらは勉強とも上手くマッチするんです。

まず、憧れのキャラクターには勤勉な人々を起用出来るでしょう。
有名な経営者やノーベル賞を受賞した学者などがいいでしょう。
二宮金次郎とかスターです。

知らない世界のお話という点では、勉強がそもそも知らないことを知る事なので、歴史的なストーリーを織り込んでいけば、興味深く学べるはず。

三国志という話を、小説ではなく漫画で知った人の方が多いと思いますが、どちらも知ったという点では同じくみることが出来ます。

活字が難しい印象を与えるので、漫画やゲームにしちゃうといいのです。

そう、僕が提案しようとしているのは、教育ゲームにです。ゲームの中毒性と学習をくっつけられれば、天才が生まれまくり、国力が上がって、豊かな国になるという寸法です。

よって、集めたくなる何か、というのは知識です。
知識を増やすと強くなるような設定にするのです。

理不尽さ、不可解さ、というのは、もうこの社会には恐ろしくたくさんあるので、このまま仮想敵にしてしまいましょう。

社会問題を解決するために、知識をつけて悪と戦うというわけ。

そして、その問題の根本を握り、これからも深刻さをましていくのが、少子化問題です。

男女のチョメチョメをゲームの中に露骨に入れてしまって、子育てへと促すように図りましょう。
性教育もこのゲームの要素とすればよいのです。

結局最後にエロゲーを教育とか言ってつくろうぜ!みたいな話になって不本意であるかもしれなくもないかもしれない可能性を受け止めつつやぶさかではないという思いを行為的に否定したいと思わなくもありませんが。

買ってはいけない

先日、本屋さんで「買ってはいけない」という本をみかけました。

「懐かしいなぁ。まだ売れてるのかぁ」

と思って手に取ると、シリーズ10と書かれているではありませんか。

内容も最近の品物について述べてあり、

「これは表記に詳しくないからだめ」

というような事がたくさん書かれていました。

うーむ

と思ったわけです。

おそらく「買ってはいけない」のスタッフは、新商品を見つけては買ってはいけない理由を探すのでしょう。

「買ってはいけない」を買う人は、買ってはいけない理由を探す事を代行してもらった人たちで、買ってはいけない理由が大好きな人たちなんでしょう。

そりゃ、買ってはいけない理由を聞かされれば、買ってはいけないと思ってしまいますが、買った方がいい理由も同時に並べてくれないと公平とはいえません。

買った方がいい理由というのは、メーカーが宣伝を打つ時に盛り込まれるので、宣伝の謳い文句と買ってはいけない理由が比較されている方が判断に迷わないと思うのです。

例えば、ラーメンって美味しいけど体にいい気がしません。

美味しさを優先して食べますが、その時、体をいじめていることは認識していて、そこんところに後ろめたさを感じながら、チョッピリ幸せになると、こういうわけです。

買ってはいけない理由を説明し、同時に買った方がいい理由を認識した方が、納得感あって、自分で選択したという喜びがあって、人生を自分でコントロールしているという実感があって、よい、と思うのです。

そこで

「買ってはいけないのかもしれないけど、やっぱり買った方がいいかもしれない」

というシリーズの本を出していただきたい。

宣伝も買った方がいい理由を前面に出すのではなく、買ってはいけない理由も出していただきたい。

願わくば、それらは消費者の声によって作られているものであって欲しいっす。
アマゾンのレビューと同じです。

そうすれば、買って公開するという事を予測出来ていいんじゃないかなぁ。

でも、何にいいんだろ?
買ってはいけないという本も宣伝も一体何にいいんだろ??