回転

回転ずしを食べに行ったのですが、ずいぶん待たされました。
寿司は回転するのに、客は回転しない。
おかしくないですか??
回転寿司の狙いは、めくるめく寿司の流れに心を奪われ、黙々とひたすら食べる事に集中させる事ではないのでしょうか。
黙々と腹を満たした客は、黙々と帰っていくのだとか。
そんなような事を聞いたことがあります。
狙いは外れ、実際には客は回転しません。
その原因は注文できる事にあると思いました。
注文して、店員が直に手渡しする店舗はまだいいのですが、レーンに乗ってやってくる店舗もあります。
例えば、ハマチを注文したとすると、厨房で握られたハマチがレーンに乗ってやってきます。
僕はその間待たなければならないんですけど、その前にハマチを見つける事があります。
すでにレーンを流れているハマチに気づかず注文してしまったわけですが、そのハマチは食べたくても食べられず、自分の注文を待つのがマナー。
その間のロスが客の回転を止めているのではないでしょうか。
しかも回転ずしなのに、注文した方が新鮮で美味しい気がする為、レーンは無視して注文をガンガンする客が続出中です。
もはや回転する意味あるのか?!
というわけで、回転寿司はもうやめましょう。
これからの時代、ブランコ寿司です。
基本的に全てタッチパネルによるオーダー制で、オーダーが入り次第厨房で握ります。
その寿司をブランコに乗せて、客の席に抜けて放つと、ちょうど席の間近でブランコの運動エネルギーがゼロになり、一瞬静止。
客はその瞬間を狙って、寿司を取らなければならないというエキサイティングな寿司です。
回転させるための遊び寿司を要しないので無駄がなく、客は集中力が試される為、ダラダラしません。
このような回転する店舗をいかがでしょうか。


モテ

モテたいんですけど、どうしたらいいのでしょうか。
というか、モテるとはどういう現象なのでしょうか。
モテたいという気持ちは、モテるという現象に身を置きたいという事です。
僕があこがるモテるという現象を定義しなけれなりません。
モテるというのは、異性からキャーキャー言われるという現象です。
道を行けば女の子の目がハートになり、郵便受けにはラブレターが毎日投函され、やりたいときにやれて、なんなら貢物があるという状態です。
ジャニーズとかエグザイルといった人種が味わっている日々です。
しかし、よく考えてみると、そのような現象を味わっている身近な存在はいません。カッコイイ事を職業にしている人が成功の証として手に入れる現象であり、自然にモテているわけじゃなさそう。
もっとリアリティのある「モテ」をイメージしなければ、ただイタいやつになるだけです。
男も女も誰もがカッコイイという現象。
異性とすぐ仲良くなって、イチャイチャできる現象。
というか、すぐセックスできる現象をいうのでしょう。
でも、なんか、最後の人ってイラつくというか寂しいヤツというか薄っぺらいというか、全然憧れません。なぜだろう。羨ましいのになりたくない。
友達無くしそうだし・・・
もしかすると、モテるという現象にあこがるのではなくて、モテないという現象から抜け出したいのかも。
イケメンを弄りたくなるのは、モテるやつを嫌な奴に仕立て上げて、自分がモテないという現象肯定しようとしているのではないでしょうか。
そしてイケメンも
「俺、全然もてないっすよ」
という時、
「いわゆる誰とでも寝れるというような事はないし、そいう嫌な奴ではない」
という否定なのではないでしょうか。
実のところ、モテるとかモテないとかそこに身を置いている人はどちらもその状態を否定し、誰にでもモテるという事はないが、モテる時はある、というごく普通の生活を肯定しようとしているのではないでしょうか。
「ないでしょうか」って、自分の問題なんですけどね。
「モテ」について、もっと考えなければならないと感じた今日このごろでした。


傘の弱点

傘の弱点は足元です。
足元を全然カバーしてくれない。
おかげで、足元はびしょびしょです。
靴から裾からびしょびしょですよ。
傘が大きくて上方から五月雨式に落ちてくる水滴を全方位カバーしたとしても、地面が濡れていたり地面を流れゆく液体をカバーする事が出来ません。
地面にある水分は、靴底に表面張力よろしくへばりつき、足が地面を蹴り上げる際に、遠心力で靴底から離れ、裾を汚すという仕組みです。
このため、裾は上半身よりもダメージを受ける傾向にあるばかりか、裾が湿っているという不快感が一日を台無しにするインパクトを起こします。
仕事中ずっと裾をどう乾かせばいいのかについて悩むのです。
これはタオルをもってしても解決できません。
よって、濡れないような仕組みを作る事が人類の最優先事項であり、この問題に比べると何テクノロジーだ、何がグローバルだという事になるのです。
足元を濡らさないようにする為には、靴底を高くするという方法があります。大道芸人やピエロが履くような、超身長アップツール(分かるかな・・・)を使うと申し分ありませんが、日常生活に困ります。
ほどほどの高さは花魁(おいらん)やガングロギャルが履くような履物。これは日本が世界に誇る解決策の一つです。
あるいは、世界の智慧を結集して、傘の足元バージョンを作るというのはどうでしょう。
傘を逆にして足首に巻きつけるのです。エリザベスカラーみたいなやつ。歩きにくそうですがすぐ作れそう。
このような考えをイノベーションと呼び世界を変えるアイディアと言えるのではないでしょうか。


絆創膏

絆創膏にイライラしてるんですよ。
いいやつですよ。うん。性格は悪くないです。
キズついた僕をを保護し癒してくれるのだから、いいやつに違いありません。
ただ、絆創膏って、繋がってる意味ありますか?
なんすか、あの連帯感。
使うときに、一つ一つ引き離さないといけないじゃないですか。
隣の絆創膏と切れ目の入った状態で繋がってるじゃないですか。
絆創膏っを使うとき指先が多くないと思うんです。
指先は日常よく使うとき部位なので、そこが傷つく事は珍しくありません。
そんな時にこそ絆創膏なのですが、彼らを引き離すためには指先の力が必要で、指先が傷ついている時はこれが大変難しい。
特に指先に軟膏を塗り付けての作業となると、たかが引き離す作業でも恐ろしくストレスになります。
絆創膏はいいやつなんですけど、いるじゃないですか。いいやつなのにストレスになる人って。
絆創膏も最初のあれだけなんとかしてもらえればうまく付き合えるんですけどね…
引き離した後にさらに中身を取り出し、そして貼り付ける時に粘着カバーを外す作業も片手で出来るように改善してもらいたい。
もしこれが出来たらバカ売れなんですがねぇ。


黒子のバスケ

黒子のバスケという少年漫画を読破しました。
そこで、この漫画はいったいなんなのかを考察したいと思います。
何を伝えようとして、なぜヒットしたのか。
そしてなぜ犯人が人生格差犯罪と命名する事件に発展したのかを考えてみます。
黒子のバスケは、目立たない男の子「黒子テツヤ」とかつての仲間との対決を描いています。
黒子にはバスケが好きだけど、プレイヤーとして上手くないというコンプレックスがあって、どのように乗り越えるかを考えた結果、チームを活かすプレイスタイルを作り上げていました。
かつての仲間は、それぞれがスーパープレイヤーで、個人主義。
チームプレイなんてないので、真逆の存在。
彼らと対決しながら、成長し、勝利し、またかつての仲間を成長させるという物語です。
かつての仲間、つまり敵を成長させるという構造が珍しく、ただ勝利しただけでなく勝ち方にもこだわり、win-winの関係を作っています。
関係者がほとんど失敗し成長するので、
「あ、この世界に俺も入りたいな!」
と思わせる力があるように感じました。
これがヒットの要因であり、作者からのメッセージではないかと。
作者はつまり黒子なのではないでしょうか。
小さい頃から、漫画を日々描き続けるオタクっ子で、日陰の存在だったのではないでしょうか。
そんな作者は、スポーツで活躍しモテる学園生活を送っている同級生を羨ましく感じたのでは。そしてこやつらに一矢報いたいとも思ったのでは。
しかし、一矢報いるのは逆恨みというものだし、寝覚めが悪い。
そこで、どうやったら自分その憧れの世界に入れるかを考えた結果、この漫画が誕生したのでは。
スラムダンクにあったハードボイルド感よりも、緊張感はありつつもどこか柔らかでみんな大好き感は、そのせいでは。
作者は、「みんなで楽しい事を仲良くやって輝こうぜ!」と発しており、それはホリエモンも同じような事を言ってるんですね。
堀江
「あのさ、暇?暇でしょ?何のために生きてるのなんてもんはねえよ!それを考えて意味あるのかって話だよ、いらねえよ!価値観の問題ではありません。無駄です。」
堀江
「楽しんで生きてれば楽しくない?みんな。結局妬みとかの感情で攻撃されるのが嫌なんですよ。」
という感じ。
こうした世界観に憧れを持ったり、楽しいと思える人が多かったからヒットしたんですねー。
そして皮肉にも、事件に発展してしまいます。
犯人はまさに坂恨みし妬む人でした。
僕の考察する作者と、同じ考えをもっている人だったのではないでしょうか。
一方は逆恨みし、一方はどうやって住人になろうか考えたわけです。
どっちが楽しいかは明らか。
こうした事件も含めて、黒子のバスケなんでしょうね。
社会とはこうして形成されるんでしょうね。というか全てのものが社会を形成しているので、このような考察にはいかようにも会社できますし、社会を分析するという点においては、オナニーくらいにしかなりませんねー。


ハイヒール

“Give me a pair of high heels, I can conquer the world!”
「ハイヒールを1足頂戴。そしたら世界を征服してみせるわ!」
これはマドンナの言葉です。
最近、本当にそうかもなと思いました。
ハイヒールを履くだけで、女性は違う生き物になります。
エロスはもちろん、知的で高次元な生物に変わります。
凶器的な危うさや、エキゾチックでミステリアスな存在になります。
こうした言葉は、ハイヒールのために造られたもののような気もします。
人間が進化するとしたら、ハイヒールを履いたようなスタイルに進化するのではないかと思えるくらい、圧倒的な存在になります。
普段はそれほど気にしてなかったのですが、ハイヒールの事を考えれば考えるほどマドンナの哲学にはまってしまいました。
だからといって女性はハイヒールを履くべき!と言っているわけではありません。
ハイヒールは足に負担のかかる履物ですから、難儀なはず。
普段からハイヒールというより、ここぞという時に圧倒的な存在になるのが有効だと思います。
足元が変わるだけで、存在が変わるなんてすげーっす。
ハイヒールを発明したヤツは天才です。
僕もそんな天才的な発明をしたい。
以前、男子は甲冑を付けるべしと書きましたが、それは発明ではありません。
存在感が圧倒的になるファッション。
襟にヒントがあると思いました。
襟はまだそれほど開発されていないファッションの一部だと思います。スゲーなって思う襟はエリザベス女王がつけているあの、ゴージャスな襟です。
その名もエリザベスカラー。
これを超える襟を作りたいです。。。


マグカップ

マグカップがムカつくんですよ。
マグカップが・・・
マグカップの特徴って、取っ手が付いている事じゃないですか。
その取っ手がもうね。ムカつくんですよ。
何がって、マグカップを洗剤で洗って、水切り場に置くじゃないですかね。
その上に2個目のマグカップを重ねられないというのがっ!これがムカつくっ!!
上に置けないから横に置きますわな。
横に横に置いていきますわな。
そうすると、他の食器を置く場所が無くなるんですよ!
そしてこのムカつきはここで終わりではありません。
これには続きがあるんです。
なんとか水切り場をやりすごして、乾かしたとします。
うまく乾いたので、そこから移動させるわけです。食器棚に。
そう!そうです!
食器棚でも同じことが起こるのです!
もうね、マグカップを考えたやつは、広大な水切り場と広大な食器棚を持っていたに違いありません。
もしくは、壁に釘打って吊るしたのでしょう。
壁に釘打ったら、家を引き払うときに価値が下がるじゃないですか!マグカップのためにそれはできない!
マグカップ・・・どうやって片付けたらいいんだ・・・


手袋の汚れ方

手荒れの為、白い手袋を身に付けているのですが、発見がありましたので報告します。
手袋の汚れ方が凄いのです。
1日で指先は5本全て黄色くなります。
黄色の正体は垢です。
顔のいろいろな部分を掻いたりするので、垢がこびりつくものと思われます。
キーボードは便器より汚いといいますが、その原因は指先からの汚れだと認識できました。
指先についた油脂はバクテリアのエサとなっており、それがキーボードにこびりつくので、キーボード上はバクテリアだらけ!
だとしたら、掻く前の腕とか顔とかにも油脂があるのだから、バクテリアだらけという事になりそうです!
もっとも体中の油脂が指先に集中する傾向にあるので、指先は体の中でも割と汚い方でしょう。
カラダだけでなく、あらゆるものを触るときに使われるのが指先なので、指先を清潔にする事は大変重要ですね。
ところが、僕の指先は水を使いすぎによる手荒れだそうなので、手を洗いすぎるなと言われました。これは困った。
何かに触れるときに指先を使わないようにするしかありません。
いったいどこを使えばいいのか?
それはもう足の指という事になるんですね。
細かく動かせる部位はもう足の指しか・・・
足の指が荒れたらどうしよう・・・


IoT

インターネットはどこまで発展するのでしょうか。
IoTとかいって(また新しい言葉が出て)、全てのモノがインターネットにつながるそうです。
ドアやベッドや電灯やらなんやら。。。
これらがネットに繋がれば、今まで無視していたような情報(ドアを開いた回数やベッドで寝た回数など)が膨大な量と共に意味を成すようになるそうです。
なんか気持ち悪いので、これは絶対にネットに繋がらないだろう!というものを探してみます。
ぱっと思いついたのが、お地蔵様。
お地蔵様がネットに繋がったって、動かないから意味ありません。
仮に目にセンサーを付けて、顔認証したデータを集積出来るとしたら、どのような傾向のに人がそのお地蔵様に参拝するのかがわかるかもしれません。
しかしそれによって、いいお地蔵様とか悪いお地蔵様とか測る事はナンセンスです。お地蔵様に良いも悪いも無いんですから!
それから飲食全般。
これがインターネットに繋がったところで、胃液で溶けておしまいです。
飲食系がネットにつながるときは、人体がネットに繋がるときでしょう。
ティッシュや洗剤などの消耗品。
これはきわどいところですが、ネットには繋がらないでしょう。
容器は繋がるかもしれませんが、消耗品は消耗するのでデータを集積するほどの機能を果たせるとは思えません。
また、消耗品のコストと見合わない気がします。
一方で、これがネットに繋がったらもう僕らが知っている世界ではないなと感じるモノは、大人のおもちゃ全般。
コンドームとかテンガとかがネットに繋がって、よりよい運動を指南してくれたり、ビッグデータから本人の好みに合った最適な調整がされたりすると、なんだかすごそう。。。
この辺りはもうちょっと深堀りしたいですね!
さぁ、これからどんな時代が来るんでしょうか。
ワクワクが止まりませんね!


お祭りのポテト

お祭りのポテトですが、今まで食べたポテトの中では最も不味く、今まで食べた食物の中でもベスト10にランクインしました!
これで500円!コスパの低さもランクインです!
この事を祝福するべく、お店に挨拶に行きました!
「おめでとうございます!全国不味いものランキングベスト10に入りましたが、感想はいかがでしょうか?!」
「…」
「正直、口に入れた瞬間に独占販売禁止法に抵触しているくらい高くて不味いと思いました!このように言われてどのように感じましたか?!」
「…」
「これを販売しながら何も感じないなんて、素晴らしいの一言です!というより金勘定出来るところが凄い!安い材料費と安い人件費。そして高い料金設定。どの商売でも基本だけどムズカしい事をあっさりとやってのけるその姿勢!勉強になります!」
「あの、新しいモノに変えますか?」
「はい!変えます!というか変えろ!というか金返せ!消費者の感情をここまで揺さぶる商品はなかなかありません!開発には様々な困難があったのでは?!」
「はい。今作った出来たてです。これをもらったら帰ってください」
「!!これも不味い!さっきより1mm前進しましたが、出来たてだとしたらホントにレシピが知りたいっす!どーやったらこんな不味さを実現出来るのでしょうか?!ジャガイモの味を殺す秘訣はなんですか?というかケチャップも殺してますが、そんな事ありえますか?」
「…」
「感無量!という事ですね!恐ろしいのは、これが序章に過ぎない点です!お昼もこの屋台で買わなきゃいけないんですけど、焼きそばの味が楽しみです!まさか1店舗から2品ランクインする事はないと思いますが、何が起こるか分かりません!」
「もう帰ってください」
「また来ますねっ!」
そんな午前です。


ヒコーキ

ヒコーキに乗るときに、ちょっとイラっとする事があります。
予約すると予約番号を聞かれて、それで発券をすると発券機から紙が出てくるじゃないですか。
いる?あれ?
一昔前は、セキュリティのところでも紙が出てきました。
もっと前は、もっと紙が出てきたような。
遡れば遡るほど紙が出てきたような。。。
番号じゃだめなの?ねぇ、番号じゃダメ?ねぇ、ねぇ。
乗るときにクレジットカードの番号入力みたいに出来ないものでしょうか。
なぜって、あの紙をいつまで持っていればいいか分からないのがイラっとするからです。
あの紙っていつ捨てたらいいのでしょうか。
目的に付いたら捨てていいの?
それとも使用から3年間は補完しないとだめ?ねぇ、だめ?
JALとかANAとか使うとポイント貯まるじゃないですか。
でも、マイレージカード忘れたら貯まらないじゃない。
それでも例の紙を後で出せば貯まるじゃないですか。
(今もそのシステムかどーか知らないけど)
マイルって予約の時に貯めたような気もするし、貯めてないような気もするから、念のため紙を持っておこうと思うんですね。
そのくせのせいで、別段マイルのたまらないスカイマークでもなぜかキープする習慣になってしまいました。
こうして我が家には、これまで乗った飛行機の紙が貯まりまくるんです。捨てる時もちょっとびくびくしながら捨てるんです。
それなら、まぁ、まだいいです。捨てた後困ったことにもなっていないので、まぁ、いいんです。許せます。
あの紙がよぉ、鞄の中でグシャグシャになるのがよぉおぉ、俺はムカツクんだよぉなぁぁぁぁっ!!
これはもう、僕の性格という事になるのでしょうが、捨てるタイミングが分かればこのようなイライラは起きない!
というか、紙を発券しないでも老人が乗れるシステムを作れば、世の中からストレスが少し消えて、「人間もまんざらじゃないな」と思えるはずです!
だいたい、僕はマイレージカードを持ち歩いたりもしない!写メを保存しておき、そこから番号を引っ張り出す事で事足りている!!
番号があればカードもいらないのになぁ。というかカードをひとまとめに出来ればいいのに・・・
だれかカードくらい薄くて、いろいろなカード情報を映し出せるデバイスを作ってくれませんかね。。。結構売れる気がするぜ・・・


弾丸ツアー

弾丸ツアーっていいますけど、弾丸は戻ってこないじゃないですか。
弾丸ツアーってのは、特攻隊のような片道切符な旅なのでしょうか。
調べてみると以下のように説明されていました。
—————————————–
ある一つの目的の為、現地へ直行し、目的を果たしたら観光も現地での宿泊もせず、機中泊や車中泊などでとんぼ返りする短期集中旅行。強行軍。
JTBの登録商標。
—————————————–
!!
なんとJTBの登録商標でした。
JTBさんが考えたんですねぇ。
弾丸のようにまっすぐ飛んで、戻ってこないような物騒なツアーは、人気が出るはず有りません。
解釈を変えて、出来るだけ優しいツアーにしたいと思いました。
弾丸を調べてみると、いくつかの種類がある事が分かりました。
フルメタルジャケット弾、ソフトポイント、ホローポイント、ダムダム弾など。
一般的に弾丸と言えば、フルメタルジャケット弾のように先端が鋭く尖ったものか、ソフトポイントのように先端が少し平たくなっているか、どちらかをイメージすると思います。
とくにフルメタルジャケット弾は、一般的な弾(たま)のイメージまんまでしょう。
これをよくよく観察していると、先端が尖っているというよりU字になっています。
U字。
U。
Uターン。
これだ!
というわけで弾丸ツアーの新定義は
旅に出て目的地に着いたら、Uターンするツアー。
という事で。


ショッピングモール

沖縄に巨大なショッピングモールが誕生しました。
噂では東洋一とか?!
1日ではとても見て回れないそうですが、ショッピングモールは今後どもまで大きくなるのでしょうか。
例えば、巨大なショッピングモールにすべての要素が詰まっていたとします。ショッピングだけでなく、病院や学校やお寺とか交番といったものも全てです。もちろん住居も。
そうすると、その中でどのようにモールを運営していくかを決めるようとモール側の企業代表と、市民代表が政治を行うかもしれません。
また、司法・立法・行政の三権分立を目指し、役所や議会や裁判所が敷かれる事でしょう。
そしてなんといっても、地域通貨。
そのモールでしか使えない通貨が発行され、社会は完璧に形成されるに違いありません。
ショッピングモールの中で経済が成り立ち、その通貨が外に出ないとするなら、モールのモール力はどんどん強くなり、そのうち隣のモールを吸収しようと増築工事が始まるでしょう。
そしてついにはモールという国が形成され、イオン人とかららぽーと人とかルミネ人とか、そうした区別が始まるでしょう。
ショッピングモールの壮大な野望が垣間見えましたね


神戸

今日は神戸に来ています。三ノ宮。
まぁ、数時間しかいないんですけど。
ところで、ホテルというのはただ寝るだけという価値観しか僕にはなくて、テレビでよくやる1泊数万円するホテルに泊まるというのが理解できませんでした。
そして今回、僕は理解しました。
一泊8000円もしないホテルで理解する事が出来ました。
それは、鏡です。
今回泊まったホテルには、鏡が多いんですね。
机の上に鏡が1枚。
通路に1枚。
お風呂に1枚という配置。
この設置場所が絶妙で、何かするにも自分で自分の姿をみる事になるんですね。
そうすると、自分の姿勢とか体系とか顔色とか、いかに腐っているかを確認する事になります。
そのたびに、キリリッとしたくなります。
そう、鏡が多い・あるいは大きいホテルというのは、自分を律する事が出来るホテルと言えるんです!
つまり豪華なホテルに泊まるのは、豊かになった自分を自分で確認する事が出来るんじゃないか!達成感を鏡を通してみる事が出来るホテルなんじゃないか!と思ったんですねー。
豪華なホテルに豪華な鏡があるかどうかは分かりませんが、なんとなくそんな気がしたのでした。


京都

京都に来ていますが、女性の京都弁はいいですね。
話には聞いていましたが、ここまで破壊力があるとは。
昨日レジに並んでいた時に、後ろのカップルが京都弁で会話をしていたんです。
「昨日なぁ、おかみさんがなぁ、うふふふふ」
「なにがおもろいん?」
「なぁ、なにがおもろいんやろ。うふふふふ」
こんな他愛もない会話なのに、グッときました。
後ろを振り向くわけにはいかないので、顔だちを想像するんですけど、どう考えても舞子はん。
舞妓はんと遊ぶ遊びがあるそうですが、正直何が楽しいんだろうと思っていました。メイドカフェの元祖くらいなものだろうと。
でも、違いますね。
会話を楽しむ遊びなんですな。
会話のスピードもおだやかでセクシー。
道行くキリリとした美女も、会話したら穏やかな京都弁で「うふふふ」なのでしょう。
あぁ、京都はいいなぁ。
タクシーの態度は悪かったけど。


スピード

東京に来ていますが、着いたその瞬間から休む暇なく動いています。
スピード社会という感じで、いい緊張感があります。
一方、沖縄はゆるーいスピードでゆったり過ごせます。
仕事の上では東京、生活の上では沖縄というのが僕には良さそうです。
でも沖縄から通勤するのは、難しいです。
3時間30分くらいかかるのでは。
往復すると7時間。
これでは、生活の多くを移動に使ってしまいます。
こうした距離の問題を乗り物が解決するのは、まだまだずっと未来になると思われます。
そこでインターネットの力が役に立つと思うのですが、インターネットとプロジェクターでバーチャル空間を作って働いてみたい。
プロジェクターで映し出された人と会話できれば、解決する気もします。
超インドア引きこもりになりそうですが、実現したらいろいろ出来そうですね。


話しやすさ

仕事がら、人前で話すことが多いのですが、同じ話でもシチュエーションで話しやすさがかわります。
人が反応してくれるシチュエーションだと、話がノッて面白くなり、無反応だと全然ノれなくてつまらなくなってしまうのです。
この事があって、僕は内容のいいセミナーでは出来るだけ質問をするようにしています。それもスピーカーが話している途中で手を挙げて質問しちゃいます。
それが反応というものかと。
そういう場合、たいていスピーカーは高揚し、話が膨らんで情報量が多くなり、時間も延長したりするんですね。
最後に、「今日は話してても楽しいセミナーでした」とか言われたら僕は仕掛け人として最高な気分になるのです。
このライブ感。セミナーという固いイメージは打ち崩してライブをしましょう。appleの商品発表会はライブ感があるじゃないですか。
そこで、僕からの提案ですが、ガヤ観客という職業を認めてはどうかと思いました。
スピーカーの話に反応し、会場を盛り上げる役です。
有名なTED(デレク・シヴァーズ 「社会運動はどうやって起こすか」)では、リーダーも大事だがフォロワーも大事という話があります。
フォロワーという仕事を認めれば、社会現象にまで発展する可能性があるのです。
適度に質問して、うんうんと頷き、「おぉー!」と反応したり拍手したりする観客。
そういう人が居たら、シャイな人でも自信を持って話せるようになると思います。
仕掛け人として数名いるだけでも、会場は結構変わるような気が。
どうでしょう。
セミナーで反応がなく、困っているという方がいらっしゃいましたら僕を使ってみませんか?


靴の流通センター

沖縄には「靴の流通センター」というのがあるんですけど、表向きは草履の流通センターになっています。
「靴の流通センター」って全国にもあるのかな。
島ぞうりやおやじの履きそうなサンダルや、便所スリッパやクロックスもどきなど、さまざまな草履が表を彩っています。
沖縄は暑いので、靴よりもサンダルが楽でいいですよね!という提案なのだと思います。
いっそ、草履の流通センターと名前を改めたほうがいいのでは。
そして草履をもっと高い地位に高めてほしいと思います。
高級レストランでもOKになるくらいの地位。
内閣発足時に撮る集合写真でもOKというレベルへ。
どうやったらいいのか、まったく分かりませんが、女性の足元はセクシーなファッションもあるので、その辺りがヒントになりそうです。
男子は甲冑っぽいサンダルにしたらいいのかな。


キーボード

ポテチを食べながら、PCを扱うとキーボードが汚れてしまいます。
その為、何度もティッシュで指を拭く作業をしなければなりません。
最大で一枚につき、一枚のティッシュを使う可能性だってあります。
これはインターネットの進化で起こる環境破壊の一つです。
放っておくて大変な問題に!
それに面倒くさいというのもあるので、どうにか解決してみようと思います。
キーボードが汚れるのを嫌がるという発想を変えましょう。
キーボードは汚れていい!いや、むしろキーボードは汚そう!
キーボードで指を拭こう!
というわけで、ウェットティッシュのような成分を含み、柔らかなスポンジ素材のキーボードカバーを作ります。
使い捨てのカバーです。
これならどんなに手が汚れていても、パソコンの作業が終わればキレイな手に!
キーボードは便器より汚いと言われていますが、キーボードを使用すると手を洗えるので、使えば使うほど健康を保てます。
それにティッシュだとポテチ一枚につき一枚必要でしたが、このカバーはポテチ一袋で一枚です。
なんてエコ!
クラウドファウンディングで資金を集めようかしら


三角に折る

トイレットペーパーを三角に折るというマナーがあります。
あれって、いったいなんなんでしょう。
なぜ、三角に折られたトイレットペーパーをみると嬉しくなるのでしょうか。
ぎざぎざな切れ端だと、見た目が悪いので不快になるのでしょうか。人間ってそこまで小さいかな・・・
ひと手間、という難儀にホスピタリティを感じているのでしょうか。こっちはありえそうです。
今朝、そのようなトイレットペーパーを見かけたのですが、これを作った人は、用を足して自分ではトイレットペーパーを使ったのち、排水してパンツを履いてズボンを履いて、それからペーパーを折った事になります。
普通、用が済んだらすぐ出ていきたいのがトイレという個室です。
次の人が待っているかもしれないし、長居は無用というか他にする事がないではありませんか。(たまに寝ている人がいるようですが)
それなのに、必要以上に滞在して、次の人のためにひと手間かける。
これがすごいなぁと嬉しくなる要因なのではないでしょうか。
そしてももっと他人を喜ばせるのであれば、三角どころかツルとか折ると効果的。
このホスピタリティは、世界中にあるようなので折り紙の文化と合わせて、大切にしたいですね。


量の問題

読んだら損するの更新がないと、「何かあったのか?」「病んでいるのか?」と思われてしまうようです。
単純にくだらないネタが無くなってきたという量の問題はあるのですが、良く見渡せば世の中くだらないことばかり。
くだらない事を思いつかない状態が病んでいる状態だとしたら、たぶん病んでいるでしょうね。
そして、こういう文を起こす事で
「あぁ、やっぱり病んでるな」
と思う人も現れるわけです。
でも、残念ながらすこぶる快調でして、今朝も2回トイレで大きい方をしました。
くだらないことを考えないというのはつまり、全てに意味があり生産的で人々に感謝されている状態をさすのだと思いますが、そんな人間はいません。
ビルゲイツもなにかしら1日3回はくだらないことを考えているはずです。
くだらないことをは、それこそくだらないので、日常思いついてもメモッたりしません。職業柄お笑い芸人の方々は、ノートに取るそうですがビルゲイツはしないと思います。
それゆえに、くだらない事が社会に記録される事がなく歴史にも登場しないのだと思います。
つまり、本当はくだらない事を考え付く状態が健全であり、歴史の1ページでもあるという事です。
あぁ、平安時代のくだらない事ってなんだろうなぁ。
縄文時代の下ネタってなんだろうなぁ。


人は何回くらい死ぬのでしょうか。
比喩的に。
ある場所から離れるときに軽い死を経験すると思います。
例えば、卒業。
これまでの自分は死んで新しい自分に生まれ変わるわけです。
それから転職。
これもまたその会社に居た自分は死んで、新たに生まれ変わります。
そして結婚。
新たな家庭を築くために、これまでの家庭から離れます。
こう考えると、軽い死と社会性というものは、密接な関係にあると思えてきます。
死んで次のステージに行く事は、社会を創造する事になるからです。社会とは企業や家庭によって築かれますが、企業は誰かが死んで生まれ変わるときに起業したわけで、家庭もまた新たに築くために一度死んでいます。
死が社会を作り上げ、死が生を作っていると言えるのです。
さて、哲学的な内容からスタートしましたが、僕がいいたいのは、臨終の言葉は軽い死であっても、たいていは良いという事です。
去る人は、大抵いい言葉を残そうとすると思います。
また、我々も寄せ書きにいい言葉を書こうとします。
臨終の言葉は書き留めて、額に収めて企業なら執務室の壁高く飾るのはどうでしょうか。
何代め総理大臣、みたいな感じで退職した人(その企業で比喩的に死んだ人たち)の言葉を飾って、心に留めておくと。
なんか、ものすごく不謹慎な事を書いてしまった気がするので、この記事はそのうち消すと思います。


更新

最近は更新が滞ってきました。
やはり継続は難しいですね。
継続するには、適度に日々を下らなく生きていかなければならないのですが、あんがい難しい事を知りました。
世の中、そんなに下らなくないという事です。
以前までの下らない事が今はビジネスになったとしても、それよりも下らない事を考えたいと思っています。
ゲームやアニメがそんな感じで、以前はずっとやっているとバカになると言われていたのに、今は立派なビジネス。
本だって昔は邪険にされていたそうじゃないですか。
僕たちが今下らないと思っている事はなんでしょうね。
引きこもりかなぁ。
引きこもり政治家も現れたくらいなので、将来は引きこもりビジネスもあるかもしれません。
うまく引きこむ為のマニュアル本なんかが出てくるかも・・・


最初のティッシュ

どうして最初のティッシュは破れやすいのでしょうか。
普段通りにティッシュをつまみ、普段通りに引き上げると、
半分くらいでちぎれてしまったり、二枚目と絶妙な絡み方で出てきたりします。あと、箱ごと持ちあがったり。
そして、たいていボロボロになった一枚目をしようする事になります。
運悪く、そういう時って鼻水が今まさに出ている時だったり、両手が何かで汚れていて指先しか使えなかったりと、こちらが万全な状態でない事が多いと思います。
こちらが満身創痍な状態にもかかわらず、ティッシュ側は完全武装に脇を締めて挑んでくるのです。
世にファーストペンギンという勇気あるものを讃える言葉がありますが、ファーストティッシュほど人を警戒し頑なな言葉は無いように思えますので、
この現象をファーストティッシュと名付けたいと思います。
ファーストティッシュの要因となっているのは、ティッシュの箱のスリム化が一つあるのではないかと考えています。
箱がスリム化した事により、中の圧力が高まり一枚目のティッシュを圧迫。
その結果、結束の固いティッシュチームが発足したのではないかと。
このことをスコッティやエリエールはどう考えているのか?!
ぜひとも問い合わせたいところですが、世間ではすでに
「1枚目のティッシュはそれなりに慎重に取り、2枚目以降徐々に警戒心が解かれ互いによりよい関係を築いていく」
的な価値観が浸透しているようで、僕の方がアウェイな気がしています。
もう国外に住もうかと考えているほど。
こうした日本人の謙虚で慎ましく、歯を見せずに笑う仕草が似合った価値観というのは、ティッシュ如きに向けなくてもいいのではと、朝まで生討論したいです。
いやいや、きっと日常の中の奥ゆかしさというか忍耐の美学というのを演出しているのでしょうね。ファーストティッシュは。
どうも、ファーストティッシュの態度が許せないのでした。


おくべき事

「30代になったらしておくべき11の事」などというタイトルの記事に惹かれる人は多いのではないでしょうか。
タイトルに惹かれてページを開くと、たいてい普通の事が書いてありますが、11の事を全部見ておかないと、最後にいいこと書いてある気がして、もやもやします。
しかし、最後まで普通の事だし、仮に立派な格言にふれたとしても、このような記事が乱立している昨今、記憶からもすぐに消えてしまいます。
このような記事が人気と錯覚する編集者と、意味は無いのについて見てしまうユーザーの間に「無駄」が発生していると思うのです。
もっといえば、このような記事が人気と錯覚し、このような記事をたくさん掲載しているサイトには、広告が貼ってあって、広告主もまた、間接的にこのような記事が人気と判断している事になります。
いや、システムが統計的にこのような記事を、「価値がある」と判断しているけど、実際には価値がないという点に世界崩壊の音が聞こえて来るのです。
そこで、僕が有意義な記事を書いて見せましょう。
「生きていくために必要な3つのこと」
です。
その1 呼吸をする
いいですか、みなさん。
呼吸をしないと死にます。
呼吸する事で生きているのです。
陸で呼吸できるように動物は進化してきましたから、それに抗うようなまねはやめましょう。
呼吸して生きましょう。
その2 食べる
いいでか、みなさん。
食べないと死にます。
食べる事で生きているのです。
食べる事でエネルギーを産み出すように、動物は進化してきましたからそれに抗うようなまねはやめましょう。
食べていきましょう。
その3 寝る
いいですか、みなさん。
寝ないと死にます。
寝る事で生きているのです。
寝るときにセックスなど行うと、子孫も繁栄していい感じになります。動物はそのように進化してきました。
寝て生きていきましょう。
どうですか。
3つで良かったでしょう。
30とかあったらと思うと・・・


分かち合い

イライラする事を発見すると、
「あぁ、このイライラ誰かにわかって欲しい!」
という事は多々あります。
例えば、とある食器用洗剤の泡立ちが悪いとします。
「あぁ、この洗剤使っている人と共感したい!!分かち合いたい!!」
という気持ちになりませんか。
なりますよね。
でね、もし仮に同じ洗剤を使っているけど、泡立ちが悪いという点では気にならないと言われたとすると、もう、その人とお友達になれないと考えていたんですね。今まで。
ただもしかすると、泡立ちについてイライラしないということは、泡立ちくらいのイライラはもはや卒業していて、もっとすごいイライラに立ち向かっているのかもしれないと思うようになってきました。
つまり、泡立ちくらいのイライラを感じないくらい切羽詰っているのです!
そう考えると、泡立ちのイライラは心のゆとりを表しているわけで、くだらないイライラほど心に余裕がある人ということになります。
ちなみに、上記の文章で「くだらない」って書いたんですけど、変換したら「百済ない」って出たんですね。
あぁ、もう、このイライラっ!この文章のどこに歴史の話があったというのかっ!!打ち直した分ハラタツわー!!
というわけで、僕はすごく心が豊かんなんです。


ポテチ

子供って、ポテチを食べた時の指をそのままにして平気な生き物ですよね。
その指でいろいろなところを触っても、なんら気にしない生き物。
はっきり言って、理解できません。
大人とは全く違う生物です。
だってその指はなんとかしない限り、唾液と塩をブレンドした状態を保ち、触るもの皆汚していく危険があります。
自らの命をかけて片腕を猛毒状態にする毒手拳です。エイケイです。
そこまでのリスクを踏んでいるにもかかわらず、子供達には目的がありません。
なぜ指をそのままの状態にするかという考えもないし、きれいにするという考えもないのです。
あぁ、何とかしたい!
何度言っても無駄なんですけど何とかしたい!
僕もどこかでなんとかしたから、今はそうではないはずです。
何をしたらやめてくれるのか。そして大人に近づくのか。
こういう事は学校では教えてくれないし、知恵袋も教えてくれません。
こういことに詳しい専門家とかいないっすかねぇ


大人の国

こどもの国があるなら、大人の国があってもいいと思うんですね。
こどもの国とは、全国各地にちらほら存在するテーマパークの事です。
動物がいたり、遊具があったり、乗り物があったり、科学実験が出来たりする場所。
こうしたものの大人バージョンがあってもいいのではないでしょうか。
大人として遊べる場所があり、動物がいて、科学実験できるような場所です。
あと、エロスがありアルコールがありリスクがあるような場所。
大人になって「遊びってなんだろ」と考えてみると、スポーツとかお酒とかドライブとか映画とかショッピングなどがそれに当たると思いました。
でも、なんか、こうしたものが一堂に会しても、なんか違う気がします。
なんだろ、ショッピングモールがあるじゃんか、みたいな。
動物についても、動物園にいる動物がみたいんじゃありません。
ジャングルやサバンナにいるような、生き物に会いたいのです。
アナコンダとかサーベルタイガーとかマンモスとかとか。
それもやはり檻の中で、うようよしているのを見たいわけじゃありません。
噛まれるかもしれない、食われるかもしれないというスリリングさの中で見たいのです。
それからエロスやアルコールというのは、一か所に固まりすぎると治安が悪そうで怖いので出来るだけ動物たちとは離した方がよさそうです。
距離があれば、ドライブの楽しみも生まれますし、到達した喜びも感じる事が出来るかもしれません。
そういう意味では、一か所に全てが固まっている必要はありません。
距離を利用してマラソンなどのスポーツも出来ます。
得意不得意がそれぞれあるのが人間の大人なので、彼らがそれぞれのエリアで楽しむ方が健全と言えそうです。
これに適した方法は・・・って考えると現代社会そのものが大人の国ですね。
大人の惑星か。
大人の国の中に子供の国があるんですねー。
当たり前と言えば当たり前か・・・


マーケティング

マーケティング、マーケティング、世間はマーケティングにいろいろと思い入れがあるようです。
マーケティングがそんなにすごいなら、駄菓子屋をなんとかしろっ!ということで考えてみました。
駄菓子の利益率は20%くらいだそうで、10円の物が売れると2円儲ける事が出来るそうです。
単価が低いので、出来るだけ多く売る事が決め手になります。
駄菓子を出来るだけ多く売る為には、顧客の数を増やすか、一回当たりに買う商品の数を増やすか、顧客に出来るだけ多く足を運んでもらうかの3つになります。
顧客の数を増やすという観点でみてみると、駄菓子はなんといっても安くてお手軽なので、それこそ小学生から老人までターゲットにできます。
現在までのところ、顧客は主に小学生のようですから、大人の新規顧客獲得を目指すべきでしょう。
最近の成功例では、ひろゆき氏がうまい棒を宣伝したことによりヒットしたとか、ガリガリ君がちょっと変わったフレーバーを出す事で話題になったりとかでしょうか。
著名人に変わったフレーバーの駄菓子を宣伝してもらいましょう。その為の広告費を捻出すべきです。
一回に買う数を増やすにはどうしたらいいでしょうか。
セット販売する事で、利益率の高い商品を混ぜてしまうというやり方があります。
大人買いセットとして、3000円くらいの詰め合わせを用意しておくといいかもしれません。
顧客に多く足を運んでもらうためには、やはりポイントカードでしょう。
1000回(一日に何度来てもカウント!)来たらクジが1回引けるとか、そうした仕掛けが必要になるでしょう。
このような方法もさることながら、販路拡大の為にはチェーン展開も視野に入れる必要がありそうです。
フランチャイズ化して世界中に駄菓子屋を広める事が出来たら、生産コストも下がり顧客は増え、そこそこ儲ける事が出来そうです。
ただ、ここまでやってしまうと子供の行き場が無くなってしまいますね。
薄利でも駄菓子屋を経営している、全国の皆様にエールを送りたいと思います。


恐ろしいゾンビ

シュワルツ ネッガーさんがゾンビ映画に出るそうなので、またゾンビが流行ることを見越して、恐ろしいゾンビとは何か考察したいと思います。
ナイト オブ ザ リビン グデッドという映画で初めて恐ろしいゾンビが登場します。
この時恐ろしかったのは、一瞬死人とは思わない事、死なない事などがありましたが、それよりも恐ろしい要素は集団で襲ってくる事でした。
それまでのモンスターは、ドラキュラやフランケンシュタインなど、1人が多かったはずですが、集団で囲まれるという怖さが当時新鮮だったのではないでしょうか。
人々がこの恐怖に慣れてきた頃、新しい恐怖が求められました。
走ってくるゾンビが初めて登場したのは、ドーンオブザデッド。
これは登場もの凄く怖くて、もう死ぬしかないじゃないかっ!と思ったものです。
だって集団に追いかけられるんですよ!ヤンキーみたいで怖い!
そして昨今では、あまりヒットしていませんが、自分や親戚や恋人や友人がゾンビ化する恐怖。
この辺りは、ドラマ「ウォーキングデッド」をご覧ください。
しかし人々はこれらにももう慣れてしまいました。
新しい恐怖が求められています。
僕が思う恐ろしいゾンビとは、喋るゾンビです。
意識があり、話しかけてくるのです。これは怖い!
例えば町でゾンビに会って、
「よし!頭を破壊してぶっ殺そう!」
と思い、バットを持って近づくと、
「ちょとまて、ちょとまて、おにーさん!」
とか言ってくるんですよ。
「何もしてないのにいきなり殴りかかるとは、どーゆー了見なんですか?!」
とかまともな事を言ってくるです。
そこを、油断したら喰われるので、「殴らせてくれ」「いやダメ」交渉が難航するでしょう。
知らない人ならまだしも、とても近い人間だったら
「私を愛してるなら内蔵ちょうだい!」
「いやいやいや」
「ゾンビになると凄く渇くの。お願い。内蔵がダメなら皮下脂肪でもいいわ」
「俺もゾンビになるじゃねーか!」
「そうすれば永遠か手に入るじゃない!身体が腐って動けなくなるまで愛し合えるわ!それよりも誰かに噛まれてゾンビになるのが耐えられない!」
とか言われると、なるほどなとかとか思いそうで怖いです。
これらの交渉を振り切って、脳天をハンマーで砕く時もリスクを伴います。
もし、打ち損じて一撃で仕留められなかったら
「みなさーん!いま、見ました?こいつ罪のないゾンビをいきなり殴りましたよ!血も涙もない!人間じゃねぇ!どっちがゾンビですか?これ?ゾンビのみなさん!こんな事が許されていいのでしょうか?!」
そしてゾンビが世界の半数を超えたあたりで、ゾンビ権を主張してくるかも。
そうすると、もう殴りかかれないし、襲われた時に回避できるよう生肉を持ち歩かないといけないので、出費もかさみます。
それに何よりゾンビは腐ってるから臭いはず。
そいつらと共存するのが怖いっす。
選挙で当選とかしたらもっと怖いです。
でもこの話を映画化するとしたらコメディですね。